田中秀臣の超経済学

「自民にお灸」再び? コロナ・ワクチンめぐる“印象報道”と菅政権

田中秀臣

 東京オリンピックが終わり、パラリンピックの開催を控える日々だが、国内をみればデルタ株による新型コロナの感染拡大がやまない。緊急事態宣言にある東京の感染者数の推移をみても(7日間移動平均では)4135.4 人となり、前日比+98.4人の増加傾向は変わらずである。

 ただし東京都の実効再生産数は、オリンピック期間中の7月31日の1.74をピークにして急減少に転じ、直近では1.21(8月8日)まで低下している。日本のメディアの“印象操作”では、東京オリンピックが「雰囲気」で感染拡大に寄与していると多くの国民は信じているかもしれない。しかし、NTTドコモ「モバイル空間統計」などを活用したデータをみてみると、オリンピック開会式直後からむしろ自粛率は全世代で増加傾向にある。

 無観客開催、酷暑、台風の接近などが人流の抑制につながっているのだろう。ただし、オリンピック前4連休での外出増が、近時の増加に大きく影響している可能性がある。その意味で、これからお盆休みに入る日本社会は、重大なピンチに直面しているともいえる。

データ無視して「政府は失敗」

 新型コロナの拡大を抑制する決定打は、ワクチン接種しかないだろう。ワイドショーなどの影響なのか、今でも政府はワクチン確保をしていないと思い込んでいる人たちが多い。しかしそれは誤解だ。以下の図表は国際通貨基金(IMF)と世界保健機関(WHO)が作成した世界各国のワクチン確保数とその人口比を表すものである。

 これによると日本は他の先進国などと同様に、人口をはるかに上回る164%のワクチンを確保済みである。ただし、総人口は1億2700万人だが、ワクチンの接種対象者は12歳以上なので1200万人ほど少ない。いずれにせよ必要十分なワクチンを政府は保有済みである。

 だが、一部のマスコミは、菅義偉首相らがファイザー社の社長との交渉で「ワクチン確保に失敗した」という報道を流している。私の見ているSNSなどでも反権力志向の強い識者たちは、この事実をワクチン確保の失敗としてとりあげて留飲を下げている。データぐらい見るべきだろう。

 ワクチン接種の問題は、「うまくいき過ぎた」という点にある。職域や大学などでの接種が拡大したことで、需要と供給のミスマッチが起きてしまった。河野太郎行政改革担当相は自身のブログで、接種数のデータを整理して、1日150万接種から平均して130万接種に調整が進むことで、ワクチン接種のミスマッチが解消されたことを解説している。

週平均で150万回弱というところから、ワクチンの供給にあわせて少しずつ接種スピードが最適化されてきていることがわかります。

実際には、接種券なしで行われている職域接種と大学拠点接種分1日10万回から20万回がさらにこれに加わります。

(河野担当相の公式ブログ、8月2日)

 職域や自治体の追加予約なども再開されている。それでも予約電話などがなかなかつながらない問題は残るかもしれない。

 「日本のワクチン接種が海外に比べて遅れてるのでダメだ」というワイドショーお好みの報道もあるが、これも慎重に見なければいけない。人口比ではイギリスは69%、フランスは65%、米国は58%が少なくとも1回は接種が終わっている。それに対して日本は45.7%(8日現在)である。

 だが、接種スピードは日本は猛烈に早く、その「遅れ」を急激に解消している。英オックスフォード大が運営している「Our World in Data」によると、日本の「人口100人当たりの1日のワクチン接種数」は1.47(8月8日時点、7日間平均)で世界トップクラスだった。人口が少ない国々を除くと、直近の8月のデータでは日本が接種ペース“世界最速”ということになる。

 むしろ米国などはワクチンの接種が伸び悩み、その原因である反ワクチン的な感情や若者対策が社会問題化している。フランスでもワクチン接種を一段と進めるためにワクチンパスポートの携帯を義務化することをめぐって反対のデモなどが起きている。日本も今後は米国やフランスのような問題が起きないとも限らない。しかし、少なくとも「日本のワクチン接種が海外に比べて遅れてるのでダメだ」というワイドショー的な紋切り型の印象を抱かない方が、日本の実態を知る上ではいいだろう。

「自民にお灸」が大炎上に?

 各種の報道によれば、ようやく菅政権は補正予算の策定を指示するという。総選挙の日程はいまのところ10月上旬が濃厚だ。補正予算はその後になると言われている。だが、経済的な停滞感の蔓延を防ぐためにも、パラリンピック終了後に臨時国会で補正予算を通すべきだ。その上で総選挙がいい。

 それができないならば、予備費約4兆円を利用して、低所得者層を対象とした1人当たり10万円の臨時給付金を行ってはどうか。住民税非課税世帯に属する人口は、2400万から2800万の幅に収まるだろう。最大でも約3兆円の予算だ。

 これは低所得層の生活支援政策なので、特に景気刺激が目的ではない。何に使われてもいい。生活必需品にかなり支出される(この部分は消費刺激にはなる)が、ローンの返済や将来の支出に備えて貯金してもかまわない政策になる。これは補正予算への「つなぎ」になるだろう。また補正予算については具体策の一部を前回の連載で書いたので参考にされたい。

 世論調査では、自民党支持層でも菅政権への支持率が低下傾向にあるという。おそらく民主党政権誕生前にみられた、ワイドショー的な煽りがふたたび加熱していることもあるだろう。あの当時は、「自民党にお灸をすえる」「一度は民主党にやらせよう」という無責任で無思考な流れがあった。今回は、ワイドショーなど報道は、新型コロナの感染拡大やワクチン接種などで、本論で紹介した「印象報道」を多く繰り広げている。それが政権へのダメージになるからだ。

 政権が弱体化すればするほど、大胆な政策は打てなくなる。だが、民主党政権誕生の時の教訓は、世論というかワイドショー民(ワイドショー的報道に判断を大きく左右される人たち)には、合理的な判断よりも目先の印象が重要になる、そして、その結果は、日本社会や経済にとって最悪なものになるということだった。

 「お灸」ではなく大炎上しないことを願うしかないが、政治は願うだけではダメだ。菅政権は世論の関心を大きく転換するような大胆な経済政策を行うべきだ。それしか現在の閉塞した状況を打開できない。

田中秀臣(たなか・ひでとみ) 上武大ビジネス情報学部教授、経済学者
昭和36年生まれ。早稲田大大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『経済論戦の読み方』(講談社現代新書)、『AKB48の経済学』(朝日新聞出版)など。近著に『脱GHQ史観の経済学』(PHP新書)。

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