「お灸」すえるなら反緊縮の政治家に
「政権にお灸をすえれば、減税や給付金など自分たちの思い通りの政策をしてくれる」という意見をたまに目にする。政権が「お灸」で痛撃を食らえば、政治力を失い大胆な政策を打てなくなることくらい、少し考えれば分かるはずだ。
こんな程度の常識が通用しなくなり、そこにワイドショーなどで新しいものへの期待が無責任に煽られると話はさらに深刻になる。
例えば「一回やらせてみよう」と社会現象になって誕生したのが“悪夢の民主党政権”だった。民主党政権の誕生前後で、その経済政策の“ヤバさ”を指摘したのは筆者を含めて数人だった。民主党政権の経済政策をラジオ番組で批判したら「まだ政権が始まったばかりで何を批判するのか!」と炎上したことを思い出す。
いまでは“悪夢の民主党政権”と言えば多くの人たちは納得するが(もちろんしない人も少なくはない)、正直、「なにを今更」と思うこの頃である。いずれにせよ、政策本位の評価ではなく、テレビや新聞での印象に左右され、感情的に判断する世論形成-ワイドショー民-の動きは注意すべき現象だ。
さて、今回の衆議院議員選挙を見てみよう。誇張気味に結果が語られる向きもあるが、どう割り引いて考えても岸田政権の「圧勝」だろう。自民党は単独で絶対安定多数の261に到達した。細野豪志氏ら無所属の保守系を加えるとさらに議席は増す。
事前では単独過半数ぎりぎりの攻防と多くのマスコミが報道し、おそらく自民党もそう信じていただろう。ただし、朝日新聞は自民党の絶対安定多数の可能性を事前に報じていた。これはフェアに言って大したものだ(珍しく褒めたい)。
公明党も前々回には及ばないが32議席と復調した。また与党に「お灸」をすえたのが影響したのか分からないが、維新が公示前の4倍近い議席を獲得した。そして国民民主党、れいわ新選組も議席を増やした。
対して野党統一候補を立てて「政権交代」を訴えた立憲民主党と日本共産党は敗北したと言っていい。小選挙区では野党統一候補は健闘したが、比例では特に立憲民主党が惨敗した。
自民の甘利明幹事長が小選挙区で落選したことなどが大きく報じられ、「自民はもっと大勝できたから、これぐらいの議席ではダメだ」のような論調もある。甘利幹事長の落選はエコノミストたちの間で、日本銀行の正副総裁人事に絡んでも注目されている。甘利幹事長はアベノミクスの継承を強く打ち出していたからだ。彼がその任を外れることで、岸田首相が日銀人事を「反アベノミクス」にしてしまう可能性がある。
だが、この日銀人事リスクは、甘利幹事長の去就に関わらず岸田政権の誕生から大問題としてある。岸田首相はアベノミクスの継承とデフレ脱却を最優先にしている。だが他方で、オリジナルの経済政策の姿勢は「新しい資本主義」などであり、必ずしも積極的な金融政策・財政政策を伴うものではない。その証拠に「新しい資本主義実現会議」のメンバーは経済同友会の代表幹事、連合の代表や、経済学者たちまで「財政再建」派が並ぶ。
安倍政権や菅政権であれば、この種の会議や委員会、あるいは内閣府参与などに反緊縮政策論者を入れたかもしれないが、岸田首相にその配慮はない。一応は、アベノミクスの継承を掲げていても、岸田首相の一丁目一番地は「財政再建」にあるように思えてならない。
そうだとすれば“甘利問題”以前から、日銀人事リスクは顕在しているのではないか、というのが私の見方だ。日銀正副総裁人事は再来年だ。だが来年には、デフレ脱却を強く主張している、リフレ派の片岡剛士政策委員の後任人事がある。この時に岸田首相が誰を選ぶかで、だいたいの方向性が判明する。リフレ派色の弱い人選をすれば、おそらく日銀人事リスクは一気に現実化するだろう。
衆院選で分かれた明暗
これは金融政策という狭い世界の話ではない。「自民はもっと大勝できたから、これぐらいの議席ではダメだ」というもうひとつの批判にもつながる。今回の自公政権、そして維新、国民民主党、れいわ新選組と政治的に勝利をおさめた政党の共通項がある。それはいずれもインフレ目標など現状の金融緩和政策を維持ないし拡張することを主張していることだ。反対に、敗北した立憲民主党と日本共産党は、積極的な金融緩和政策に否定的な立場だ。
世論の動向は景気や雇用を重視しているが、どこまで金融政策を重んじているかは不明だ。だが、今回の選挙結果をみると、見事なくらい金融緩和組の勝利と、緩和否定組の敗北で明暗が分かれた。もし岸田政権が長期政権を望むならば、景気を底堅く維持する日銀の金融緩和政策を今後もとり続けることが必要だ。もし片岡委員の後任に非リフレ派の委員が来れば、岸田政権の経済政策は破綻の第一歩を刻むことになる。それくらい日銀人事は今の日本経済と政治の在り方に重要なのだ。
甘利幹事長の後任は茂木敏充外相になる見通しだ。本当は岸田派の山本幸三氏のような、リフレ派のマスターのひとりが活用されるべき局面だが、残念なことに落選してしまった。そのことも岸田政権の緊縮スタンスへの変化を心配する声につながっている。だが、今回の選挙であえて言えば、経済政策の取り得るべき方向は明瞭なのだ。
インフレ目標を達成し経済を再生させる金融政策と、積極的な財政政策の合わせ技を実行する政党こそ、国民の底堅い支持を得ることができる。それ以外の政党はジャンク(くず)だ!
【田中秀臣の超経済学】は経済学者・田中秀臣氏が経済の話題を面白く、分かりやすく伝える連載です。アーカイブはこちら