田中秀臣の超経済学

苦悩の声に「しょぼい」緊縮姿勢で応えるな マイナポイントやGoToの“減額”に募る不安

田中秀臣

 緊急事態宣言が全国的に解除されて、経済が再び動きだしているのが日々の経験でも実感できる。いまのところ新型コロナの新規感染者数も抑制されている。しかし足元の経済や、また政府の経済政策には深刻な懸念がある。

 15日に発表された今年第三半期(7月-9月)の経済状況はエコノミストたちの予測を大きく上回る悪化だった。東京や大阪など大都市で延長された緊急事態宣言が、民間の消費や投資を大きく後退させた。またサプライチェーンの不調や海外の感染拡大をうけて輸出入も振るわなかった。

 国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除いた実質で前期比0.8%減、年率換算では3.0%減であった。

 政府は年内中にコロナ禍前の経済水準の回復を見込んでいたが、事実上そのシナリオは破綻したといっていい。現状の実質GDP(速報値)は534.7兆円であり、コロナ禍前の2019年10~12月期の547兆円に回復するには、すでに足元でかなりの大きさの、内需主導の経済のけん引がなければいけない。

 しかも消費増税前の19年7-9月期の水準(557兆円)にははるかに遠い。念を押して言うと、その557兆円の水準でさえ、米中貿易戦争の影響をうけて日本経済は景気後退局面であった。そこに消費増税、そしてコロナ禍の「三重苦経済」に陥ったのである。経済がデフレを十分に脱却して、インフレ目標2%を達成できる完全雇用水準と現状はあまりに差がある。

 岸田政権や日本のエコノミストたちは、足元の経済状況が改善して、今年10月~12月の経済回復を強調することだろう。だが、それは政府の経済対策が遅れている現状をみると妥当ではない。

 確かに10月に入り、大手百貨店の売上も、外出自粛で低迷していた衣料が増加するなど大きく改善している。また人流の増加も顕著で、紅葉シーズンを見込んで遠出する観光客も増えている。筆者は都内から群馬県に長距離通勤しているので、日々の「街角経済学」的にいえば、ビジネスホテルも予約が埋まり、また新幹線などの利用も大きく増えている。

 これらの「再起動」で満足するのは、もちろん危険だ。率直にいえば、いま日本経済の最大のリスクは、岸田政権の経済対策とコロナ禍への医療支援体制にある。

 日本は感染者数が主要国の中でも低い水準に抑制されてきた。しかし医療支援体制が脆弱であるために、緊急事態宣言の長期化など経済活動を抑制することを余儀なくされてきた。確かに各種の生活支援政策を大規模に行うことで、失業率も低く抑えられ、また倒産件数なども低い。

 しかしそれは上記したような経済の再生で十分という意味ではない。せいぜい国民の力を結集してなんとかサバイバルしてきただけだ。今やその国民の必死の努力に応える経済対策が、岸田政権に望まれる番だ。

 その期待に岸田政権が十分に応えられるか、あまりに心もとない。いまのところ「財務省的な緊縮姿勢」や「対策の遅れ」のふたつの面が明らかだ。

 前者の典型例は、公明党が提案した教育支援給付金やマイナンバーカードへのポイント付与をめぐる与党間折衝に明らかだ。当初案にくらべて、できるだけおカネを出さないという財務省的な緊縮姿勢が濃厚なものとなっている。

 マイナポイントは公明党が提案した「一律3万円相当のポイント付与」から「最大2万円分のポイントを付与」に削減され、手続きが面倒なものになる見通しだ。教育支援金では年収960万円の所得制限を設け、現金とクーポンで5万円ずつ給付、支給する。なるべく国民に使わせたくないかのようで、しょぼい経済対策への姿勢だけが十分に伝わるものだった。あまりの緊縮姿勢で、これからの補正予算への不安もからんで株価が下落したと指摘するエコノミストまでいた。

 さらに岸田政権は「政策の遅れ」も目立つ。補正予算の策定が遅いのはもちろんだ。昨年であれば、GoToキャンペーンが稼働して、落ち込んでいた観光、飲食業の再生に大きく寄与した。しかし岸田政権では、旅行客の時期的な集中やまたGoTo終了後の反動を避けるために、来年に開始を先送りし、補助金額も大きく引き下げる案が検討されているという。率直に言って「せこい」発想である。

 一部のマスコミや野党は昨年、人流が増えて感染拡大の恐れがあるなどとして、GoToトラベルを批判する“キャンペーン”を打った。しかし検証しても大きな拡大要因ではなかった。休日に人流が増えることを懸念するなら、補助金額をそのままにして、むしろ平日を割り増しにすればいいだろう。だが実際には、「せこく」全体を下げて、平日に使えるクーポンの上限額を休日より少し高く設定するだけになる見込みだ。ここにも先の自公での給付金・マイナポイント折衝と同じ、しょぼい経済対策の姿勢が濃厚だ。

 嘉悦大学の高橋洋一教授によると、岸田首相はかなりの頻度で、あの緊縮論文でおなじみの財務省の矢野康治事務次官と打ち合わせをしているらしい。まさか、こんなしょぼい対応を重ねるためなのだろうか、そんな疑念さえも抱いてしまう。

 現状の経済をコロナ禍前だけではなく、先に書いたようにデフレ脱却の水準にまで戻すためには、金融政策の取り組み以外に財政政策で、真水レベルで40~50兆円が必要になる。真水30兆ではせいぜい消費増税の悪影響が残る水準ぐらいまでしか経済は戻らないだろう。

 それが今回のGDP速報の“予期しない”落込みがもたらした苦悩の声だ。その日本経済の苦悩する声に耳を貸さず、“緊縮財務次官”の声に耳を傾けてしまえば、岸田首相の「成長と分配の好循環」も「新しい資本主義」も破綻するだろう。

田中秀臣(たなか・ひでとみ) 上武大ビジネス情報学部教授、経済学者
昭和36年生まれ。早稲田大大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『経済論戦の読み方』(講談社現代新書)、『AKB48の経済学』(朝日新聞出版)など。近著に『脱GHQ史観の経済学』(PHP新書)。

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