【飛び立つミャンマー】高橋昭雄・東大教授の農村見聞録(35)

2016.3.4 05:00

カレン州パアン県ジョウチャウン村で大豆を脱粒する農業労働者たち。全員がタイの工場や養魚場で3年以上働いた経験がある=1月(筆者撮影)

カレン州パアン県ジョウチャウン村で大豆を脱粒する農業労働者たち。全員がタイの工場や養魚場で3年以上働いた経験がある=1月(筆者撮影)【拡大】

 ■タイへ向かうカレン州の村人たち

 カレン(カイン)州はミャンマー連邦共和国の南東部に位置し、タイと長い国境を接する。ミャンマー独立の前年、1947年に結成されたカレン民族同盟(Karen National Union,KNU)が、この地で反政府武力闘争を続けてきた。停戦合意がなされたのは、テインセイン政権下の2012年2月のことである。今年1月、外国人の調査が自由にできるようになったカレン州の村々を訪ねてみた。

 ◆出稼ぎで家を新築

 KNUの幹部やヤンゴンのカレン人たちにキリスト教徒が多いことから、「カレン=キリスト教徒」のイメージが強いが、カレン州に住むカレンの人々の9割近くは仏教徒である。また14年センサスによると、カレン州の人口の8割が農村部に居住している(全国平均は7割)。

 州都パアン近郊には水田地帯が広がり、ミャンマーのほとんどの地域と同様に、主作は水稲である。裏作は、これもミャンマー中央部と同様に、軍政期にはコメの二期作が半ば強制的に進められたが、最近は緑豆、落花生、大豆といったマメ科作物に変わってきている。しかし、コメにもマメにも化学肥料や農薬などは一切使わず、除草も全く行わない。どこか手抜きのような農法である。

 水田の他に近年増えているのがゴム園である。ゴム生産は、1990年代に中国の旺盛な需要に対応する形で、隣のモン州で作付けが急増し、それが2000年代になってカレン州にも伝播(でんぱ)してきた。新作物のゴム栽培からの収入は、伝統的なコメやマメからの収入を大きく凌駕(りょうが)し、一部の農家の農業所得を激増させた。

 水田やゴム園を視察した後、村の中を歩いてみると、真新しく大きな家々が競い合うように並んでいる。新築した年を家屋の入り口の上に大きく表示するので、これらの家々がいつ建てられたのかが瞬時にわかる。一軒一軒見てみると、ほぼすべての家屋が1990年代以降のもので、2000年代になるとより多くなっている。ゴムで一稼ぎしたのであろうと思いきや、そうではなかった。ほとんどの家がタイへの出稼ぎによって新築費用を賄ったとのことである。

 カレン州の人々が雪崩を打ってタイへの出稼ぎを始めたのは、軍政期の1990年代初頭からである。鎖国的な社会主義が崩壊し、近隣諸国との経済交流が始まった頃と重なる。KNUとミャンマー国軍の戦闘が激化し、多数のカレン難民がタイに流出した時期でもある。

 ◆非合法の方が有利

 村で会った娘さんは、99年、14歳のときにタイに不法入国した。ブローカーに4500バーツ(約1万3500円、当時は1バーツ≒3円≒9チャット)を支払った。当時の田植えの日当が100チャットだったので、この額は405日分の給与に相当する。

 彼女はバンコクのレストランで2年間無給で皿洗いをした後、1日180バーツ(当時の為替レートで約490円)でウエートレスとして3年間働いた。そしてタイ語が大分(だいぶ)できるようになると、店をやめて市場で野菜売りを始めた。1日400バーツほど稼げたという。2004年時点でのこの村の田植えの日当の約20倍であった。15年、彼女は村で子供を産むために16年ぶりに故郷に帰ってきた。

 その後、訪ねた村々でも男女を問わず、農地のあるなしにかかわらず、何処(どこ)も彼処(かしこ)も誰も彼も、タイで働いた経験を口にした。それも短期間あるいは季節的な出稼ぎではなく、5年も10年も働いていた人が多かった。

 現在、合法的にタイに行くには50万~80万チャット(約4万6000~7万4000円)、旅券や査証なしの非合法の場合は20万~50万チャットが必要といわれている。日当4000チャットほどで、しかも毎日雇用機会があるとはかぎらない村の経済状況からして、合法、非合法いずれにしても大金である。タイで長期間働かねばならない理由がここにある。

 金額に幅があるのは、仲介業者やタイで就く職種によって料金が異なるからである。合法の場合は1カ月から3カ月ほど待たなければならないが、非合法ならばすぐにでもタイに行くことができる。このような手数料や待機期間の有利さから、非合法の方が好まれる傾向にある。

 ただし、タイに行くと、非合法を理由に上記の娘さんのように搾取され、運が悪ければすぐに強制送還となって、渡航の際の借金だけが残る。

 2000年代のゴム景気によって帰国する者が一時増えたが、中国の景気後退で、今やゴム園経営は火の車である。内戦の終結や東西経済回廊の整備によってで、タイ側から製造業や観光業の進出が始まっているが、これらが十分かつ安定的な雇用機会をもたらすまでは、カレン州からタイへの村人たちの越境はまだまだ増加することであろう。(随時掲載)

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