焼畑地の中に点在する棚田群。写真上部の町は、チン州の州都ハカ町=2005年12月、ミャンマー・フニャーロン村(筆者撮影)【拡大】
■チン州の焼畑農民、マレーシアへ
ラカイン州北部からのロヒンギャ難民の大量流出で、東南アジア諸国連合(ASEAN)の中でもムスリム(イスラム教徒)が特に多いインドネシアおよびマレーシアとミャンマーとの関係がぎくしゃくしている。マレーシアのナジブ・ラザク首相は、ロヒンギャ迫害に対する抗議集会に参加するなど、ミャンマー政府に対する批判を強め、2016年12月6日からミャンマー政府はマレーシアへの労働者派遣を停止している。
最近でこそミャンマーからマレーシアへのロヒンギャ難民の大量流入が注目を集めているが、14年末の国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の統計によると、13万9000人のミャンマー難民のうち、チン人(民族)が5万620人と、ロヒンギャの4万70人を上回っていた。また同年に実施されたミャンマーのセンサスによると、チン州の人口は48万ほどで、総人口5000万の0.9%にすぎないのに対し、マレーシアに居住するミャンマー出身者30万人中、チン州出身者は2万7000人と9%もいる。先の難民数と合計すると、14年時点でマレーシアにいるミャンマー出身者44万人中7万7000人(18%)がチン人だということになる。
こうした人口流出は今に始まったことではなく、軍政期の1995年頃から続いている。今回は大量の人口を押し出すチン州の生業構造をみていこう。
◆ばらばらの部族
チン州はミャンマーの北西部に位置し、険しい山岳地帯がその大部分を占める。チン民族は31の語族に大別されるが、谷を一つ隔てれば言葉が通じないこともあるという。こうしたばらばらの山地部族が、独立後の行政区画や自治をめぐる内戦の中で、徐々にチン人(民族)となっていったと考えられている。