【飛び立つミャンマー】高橋昭雄東大教授の農村見聞録(50) (1/4ページ)

ラッカセイ畑で除草作業をする農業労働者たち。農民が自ら労働者を集めるのが困難になり、「スィー・ガウン」と呼ばれる労働差配師に依頼するようになった=2017年8月、マグエー郡カンターレー村(筆者撮影)
ラッカセイ畑で除草作業をする農業労働者たち。農民が自ら労働者を集めるのが困難になり、「スィー・ガウン」と呼ばれる労働差配師に依頼するようになった=2017年8月、マグエー郡カンターレー村(筆者撮影)【拡大】

 ■23年ぶりの半乾燥地農村調査(下)

 1994年の住込み調査以来、23年ぶりに訪れたマグエー郡カンターレー村には、当時は影も形もなかった電気、水道、トラクターが入っていた。23年前には、土地を持たない農業労働者世帯は満足な食事さえできず、富農といわれる世帯でさえ、コメに雑穀を混ぜて食べていた。この貧困なドライゾーン(乾燥地帯)の村にどのような変化が起こったのだろうか。農産物価格、雇用と労賃、農村金融といった経済的側面から考察してみよう。

 ◆ゴマなどが高騰

 乾燥地帯の村々では水稲ができないので、主食のコメはすべて購入しなければならない。1994年、村人が最もよく食べる平均的な白米の価格は、1ピー(約2.14キログラム)で45チャット(当時は1チャット≒1円)だったが、2017年には1250チャット(1チャット≒0.1円)に上昇した。チャット建てで約28倍になる。

続きを読む