イスラエル 医療用大麻輸出に備え

 重度の自閉症を患うイスラエルの少年、アジ・ナイム君が壁に頭を打ち付けるなどの自傷行為を始めると、両親はアジ君を落ち着かせるためさまざまな向精神薬を試してみた。しかし、どれも効かなかった。「全く手に負えなくなり、恐ろしかった」と、母親のリッキーさんは振り返る。

 その後、アジ君はエルサレムのシャーレ・ゼデック病院で大麻由来成分を用いた研究プログラムに参加した。試行錯誤の結果、大麻の有効成分の一つである「カンナビノイド溶液」の投与が症状の緩和に役立つと分かった。4年を経た今、アジ君は音楽好きの青年に成長し、パーティーや映画、外国旅行を楽しんでいる。

 ◆多くの自閉症児救う

 同様の薬は、小児神経科医アディ・アラン氏のプログラムに参加した60人の自閉症児の多くを救ってきた。アラン氏は現在、100人の子供を対象に臨床試験の第2段階目を実施している。最終的な目標は、実験的治療法として米食品医薬品局(FDA)の許可を得ることだ。

 FDAはまだ、医療用大麻製品を認可していない。だがこの大麻由来製剤がFDAから承認されれば、米連邦政府が定める輸入大麻の規制対象から外れることを意味し、医療用大麻の研究開発や輸出で世界的リーダーを目指すイスラエルにとって重要な一歩となる。ベルギーやオランダ、ルーマニア、ポルトガル、チェコ、ドイツ、スイスは医療用大麻の主要な潜在市場だと、米調査会社アメリ・リサーチはみている。

 アメリは2017年4月の報告書で、世界の医療用大麻市場は24年に330億ドル(約3.6兆円)に達し、17年の推定売上高の3倍以上に増加するとの予測を示した。この背景には、疼痛(とうつう)緩和や多発性硬化症、がん、関節炎などの治療のために大麻の利用が拡大していることがある。

 イスラエル政府は医療用大麻の輸出解禁に向けて動いている。政府は17年8月、輸出解禁が実現すれば、国内総生産(GDP)が約3200億ドルの同国に年間11億ドルもの収益をもたらすとの試算を発表した。

 同国政府は高度な農業技術を誇る同国が他国をしのぐ高品質な大麻製品を製造できると自負している。輸出合法化を推進する政府チームは、自国企業に医薬品レベルの品質維持と厳しい管理基準の順守を求める姿勢を見せている。

 同国保健省は政府公認の大麻栽培業者を現在の8社から50社に増やす計画で、研究開発に1億シェケル(約32億円)を投じた。同省は150件の研究提案を承認し、うち35件は治験段階にある。

 また、イスラエルの大麻産業投資会社アイキャンによれば、米企業50社以上がイスラエルで医療用大麻の研究を行っており、その投資額は16年に1億2500万ドル以上に上った。

 アラン氏が率いる治験から十分な事例証拠が得られた場合、アラン氏の自閉症研究を支援し、大麻栽培も手掛けるイスラエルの製薬会社、ブレス・オブ・ライフ・ファーマは18年、FDAに「研究用新薬」の承認申請を行う方針だ。同社のタミール・ゲド最高経営責任者(CEO)は、FDAの承認が得られれば、米国外の数カ国で製薬や大麻の栽培、治験用の拠点開設を目指す同社の計画の後押しとなるとみている。

 同社は大麻の輸出解禁を見込んで量産体制を整えており、17年にスイスの農薬大手シンジェンタがテルアビブの南に所有していた工場を買い取った。医薬品並みの品質維持を目指す取り組みの一環として、国内製薬大手テバファーマスーティカル・インダストリーズの研究員も迎えた。

 ただし、大麻輸出に乗り出している国は他にもある。既にカナダとオランダは海外に供給している。ウルグアイも政府管理下での医療用大麻の輸出を認可しており、医療目的での大麻の栽培や加工、研究開発を15年に合法化したコロンビアも近いうちに輸出に着手する見通しだ。

 また、先行する他国企業は国内市場向けの大麻製品の製造にも着手しており、アイキャンの創設者、ソール・ケイ氏は「輸入品の需要は鈍化する可能性がある」と指摘する。イスラエルで輸出が解禁されたとしても、国際市場で優位性を得られるかどうかは厳しい道のりになるかもしれない。

 ◆個人使用は依然違法

 医療大麻の臨床試験が盛んなイスラエルだが、個人の使用は依然として違法のままだ。一方で規制緩和の動きもある。政府は昨年3月、個人が娯楽目的で大麻を使用した場合の罰則について、2回目までは罰金が科せられるが必ずしも犯罪記録には残らないとの決定を下した。

 アジ君の弟で同じく自閉症を患うインバー君も症状緩和のために医療用大麻を摂取している。今では友人を自宅に招くこともでき、一家の生活はすっかり変わった。

 「芝居を見たり、図書館やカフェに行ったりもできる。普通の人と同じような生活を送れるようになった」と母親は語った。(ブルームバーグ Gwen Ackerman)