タイ企業のベトナム投資が好調 株式取得やM&Aで現地に拠点作り

ベトナム北部クアンニン省ハロン市で開発される「アマタシティー・ハロン工業団地」の調印式典に参加したタイのプラユット暫定首相(右から5人目)とベトナムのグエン・スアン・フック首相(同4人目)=アマタ・コーポレーション提供
ベトナム北部クアンニン省ハロン市で開発される「アマタシティー・ハロン工業団地」の調印式典に参加したタイのプラユット暫定首相(右から5人目)とベトナムのグエン・スアン・フック首相(同4人目)=アマタ・コーポレーション提供【拡大】

  • ベトナムのスーパー「ビッグC」の店内。タイ企業のベトナム進出の足がかりは、2016年のセントラル・グループによるビッグCベトナムの買収だったとされている=セントラル・グループ提供

 タイ企業によるベトナムへの投資が拡大している。総額では日本や韓国、シンガポールが首位グループを固めているものの、直近の3カ年で見ればタイが2倍超とダントツの伸びを誇る。中でも株式取得などの出資やM&A(企業の合併・買収)に積極的で、総投資額の半分近くを占める。

 国際競争で力を付け始めたタイ企業が、陸上輸送で有利な地の利を武器に、工業化の著しいベトナムに新たな拠点を求めて進出しようとする狙いが透けて見える。

 ◆両国首脳が祝い

 タイ東部で複数の工業団地を運営する業界大手のアマタ・コーポレーションは今年、現地法人を通じてベトナムでの工業団地事業に総額約35億バーツ(約116億5500万円)を投じる計画だ。4月には、北部クアンニン省ハロン市で開発する「アマタシティー・ハロン工業団地」の投資登録証明書をベトナム政府から取得。タイのプラユット暫定首相とベトナムのグエン・スアン・フック首相がともに駆けつけて調印を祝った。民間の調印式典に両当事国の首脳が顔を合わせるのは珍しい。工業化に弾みを付けたいベトナム側と、好調な経済を持続させスムーズな民政復帰を進めたいタイ軍政の思惑が一致した格好だ。

 ハロン工業団地の開発総面積は約6000ヘクタール。東京ドームが1200個も入る広い土地だ。ここにアマタは低く見積もっても500億バーツを投じる計画でいる。第1期工事の工事面積は714ヘクタール。2年後の着工を目指して事業を加速させたい意向だ。

 商業都市ホーチミン市に近い南部ドンナイ省では、すでにアマタシティー・ビエンホア工業団地を開発済み。これまでに欧米日などの先進各国や中国から21カ国165企業が入居を済ませている。総投資額は800億バーツを下らない。他にも開発計画はあり、ベトナム市場は限りなく魅力的に映っているようだ。

 タイ王室との関係が深い素材最大手サイアム・セメント・ブループもベトナム市場に食指を伸ばす。昨年3月には同業のベトナム・コンストラクション・マテリアルズを1億5000万ドル(約116億3050万円)余りで買収し、市場の度肝を抜いた。今年になっても勢いを止めず、国営化学メーカーのビンミン・プラスチックスの株式を買い占め、筆頭株主に躍り出るなど進出を強めている。

 ◆エネ分野も進出

 自動車市場にも同様の動きが広がっている。タイで自動車部品の製造を行う地場メーカーのアーピコ・ハイテックは、ベトナム投資グループのビン・グループと合弁で軽量化した素材などでつくる車体工場を北部ハイフォン市に建設する。人気の高いスポーツ用多目的車(SUV)向けの車体などを開発し、東南アジア諸国連合(ASEAN)市場に供給していく考えだ。

 食品関連市場でも動きが激しい。ビール大手ビアチャンやスーパーマーケットチェーンのビッグCを傘下に抱え、保険など金融業も手掛ける大手財閥TCCグループは昨年末、ビアチャンの事業会社タイ・ビバレッジを通じて、ベトナムの国営ビール最大手サイゴンビール・アルコール飲料総公社(サベコ)を109兆ドン(約5200億円)で買収し、大きな話題となった。今年3月には、ベトナムの乳業最大手ビナミルクの株式をシンガポールの子会社で飲料大手フレーザー・アンド・ニーブを通じ取得していたことも明らかとなっている。

 タイ企業によるベトナム進出は、2016年の流通最大手セントラル・グループによるビッグCベトナム事業の買収が大きな転換点だったと受け止められている。セントラルはこの時、フランスの流通大手カジノ・グループから9億ユーロ(約1171億6200円)余りで買収。タイ企業によるベトナム進出の下地を作った。以降、さまざまなタイの企業が先を争うようにベトナム市場へとかじを切り始めた。

 今年5月には、ドイツ系財閥傘下のタイ発電会社Bグリム・パワーがベトナムの複合企業スアンカウと合弁で、南部タイニン省で太陽光発電所の建設で合意があったと発表。ついにエネルギー分野でもタイ資本の進出が始まった。この太陽光発電は東南アジア最大の出力42万キロワットとする計画で、不足がちな電力事情を大きく改善する可能性がある。

 企業のベトナム進出を支援してきたタイ工業連盟では「現地法人を立ち上げて着実に進出を図る動きがある一方で、手っ取り早い合弁出資や、企業買収への動きも力強い。当面は両にらみでの展開が続くのではないか」と予測している。今後もタイ企業の活発なベトナム進出が続きそうだ。(在バンコクジャーナリスト・小堀晋一)