日本人ビジネスマンに戦史 インドネシア、パナ現法元社長が伝承 (1/3ページ)

 第二次世界大戦後、旧日本兵ら11万人以上が抑留され、過酷な生活に耐えた島がある。海上交通の要衝、マラッカ海峡に浮かぶインドネシア・バタム島に近接するレンパン島だ。今は「バタム自由貿易地域」として日本などから800社以上が進出する一帯には既に戦争の面影はないが、バタムを訪れる日本人ビジネスマンに戦史を伝えようと活動する人がいる。松下電器産業(現パナソニック)現地法人の元社長、木下一(はじめ)さん(82)。「ビジネスだけでなく先人の苦闘を知ってほしい」と訴える。

木下一さん(左)とレンパン島で石碑を管理している地元の村長=2016年5月(木下さん提供)

木下一さん(左)とレンパン島で石碑を管理している地元の村長=2016年5月(木下さん提供)

 自由貿易で発展

 国際航路として南シナ海とインド洋を結び、タンカーやコンテナ船が行き交うマラッカ海峡。バタム自由貿易地域は電子機器や造船、石油産業など約40の日本企業を含む800社以上が集まり、アジア経済の拠点として発展が目覚ましい。

 日本兵らが抑留されていたのは、バタム島と橋で結ばれたレンパン、ガランの両島だ。終戦直後、米英を中心とした連合国側はタイ、マレーシア、シンガポールなどにいた日本兵らを約1年にわたり抑留した。赤道直下の過酷な環境に加え食糧事情は極めて劣悪で、兵士らはネズミやヘビ、サソリなども食べて飢えをしのいだ。「恋飯(れんぱん)島」。食糧難から兵士らはこう呼んだ。

「奥地に日本兵の墓らしいものがある」