【正論】難問残すリーマン・ショック10年 双日総合研究所チーフエコノミスト・吉崎達彦 (1/3ページ)

双日総合研究所チーフエコノミスト・吉崎達彦氏
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 もうじきあの日から10年となる。アメリカ第4位の証券会社リーマン・ブラザーズが突然、経営破綻した2008年9月15日のことだ。

 ≪生まれ変わったアメリカ経済

 たちまち株安が各国に連鎖し、世界経済は大混乱に陥った。この事件をわが国では「リーマン・ショック」と呼び、海外では単純に「国際金融危機」と称する。文字通り100年に1度の金融危機であった。しかし10年もたてば、歴史として扱うことが許されよう。果たしてあれは何だったのか。

 当時のアメリカでは住宅バブルを背景に、サブプライムローンと呼ばれる住宅担保債券が流通していた。高格付けの証券化商品とされていたが、その多くが不良債権であった。やがて金融機関の資産内容が不安視され、リーマン・ショックを契機に、一斉に信用収縮に見舞われることになる。

 アメリカ政府の政策対応は素早く、徹底していた。巨額の不良債権買い取り基金を用意し、金融機関への公的資金注入を行った。連銀は利下げをし、流動性を供給した。さらには数次にわたって量的緩和政策を断行した。ひとつにはアメリカの金融関係者が、それに先立つ日本の不良債権問題をよく研究していたからであろう。

 ニューヨーク株価は09年3月に大底をつけた後、今日に至る長期的な上昇過程に入った。この間にニューヨーク・ダウ平均は、ほぼ4倍になっている。しかるに実体経済は落ち込み、失業率は一時10%にも達する。そして「雇用なき回復」と呼ばれる状況が長らく続くことになった。

 それでも今日のアメリカ経済は3%前後の成長と3%台の失業率に沸いている。その原動力はグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンなど「GAFA」と呼ばれる新興ハイテク企業群だ。アメリカ経済は、危機を契機に新しく生まれ変わった。一連の経済対応は成功したといえるだろう。

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