「何でもやる」には手詰まり FRB議長、資産価格インフレの責任重く (1/3ページ)

今年6月、利上げを発表するパウエルFRB議長を映し出すニューヨーク証券取引所のモニター(AP)
今年6月、利上げを発表するパウエルFRB議長を映し出すニューヨーク証券取引所のモニター(AP)【拡大】

 米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は8月24日のジャクソンホール・シンポジウムの講演で、1960年代後半から80年代初めにかけての一般物価インフレについて金融政策の責任だと認めた。しかし80年代から現在に至る資産価格インフレへの責任はさらに重いものとなりそうだ。

 グリーンスパン第13代FRB議長は「資産バブルは形成過程では認識できないので、破裂後に最大限の金融緩和で治療する」というバブルの事後処理政策を確立。IT株式バブル崩壊後はフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を1%まで引き下げて、バブルの基盤を温存し、一段と複雑な住宅・金融バブルへとつなげた。

 グリーンスパン議長の後を継いだバーナンキ第14代FRB議長は、大恐慌の研究家だった。巨大バブル崩壊後は「最大限の金融緩和によりデフレ圧力を吸収すべし」という学説を打ち立てていただけに、実戦に臨むに際して運命を感じたという。

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