カンボジア、縫製・製靴の最低賃金協議始まる フン・セン首相の采配注目

カンボジア下院から出てきたフン・セン首相=6日、プノンペン(AP)
カンボジア下院から出てきたフン・セン首相=6日、プノンペン(AP)【拡大】

 カンボジアの主要製造業である縫製業、製靴業に従事する労働者の2019年の最低賃金を協議する諮問会議が10日、初めて開かれた。この会議は、カンボジア政府労働省、労働組合代表者、経営者団体の代表者による3者が協議を行う。ここで合意した最低賃金が政府に答申され、最終的に政府が決定する。

 ◆他産業への影響大

 カンボジアの縫製・製靴業労働者の18年の最低賃金は、月額170ドル(1万9000円)だった。今年は、7月29日に実施された総選挙でフン・セン首相率いる与党・カンボジア人民党が大勝した直後でもあり、70万人以上といわれる同セクター労働者の賃金引き上げについて、首相の采配が注目される。

 現地紙の報道によると、第1回の3者会議では、意見が折り合わなかった。労組側が月額211.94ドルを提案したが、経営者側は反対。政府労働省は4%アップの177ドルを提示したが、労組側は反対したという。協議は年内にあと数回開かれる見込みだ。

 カンボジアの縫製・製靴業は、欧米を中心に輸出額が年間70億ドルに上り、国内では若い世代を中心に約70万人が従事する国内最大の産業だ。同セクターの最低賃金は、他のセクターの賃金設定にも大きな影響を与える。

 最低賃金の引き上げは、14年に設置された3者会議が毎年この時期に協議を開始する。きっかけとなったのは、12年から14年初めにかけて全土で激化した労働争議だ。12年当時、カンボジアの最低賃金は月額61ドル。しかし、カンボジア各地の工場で、ストライキや暴動が相次いで発生し、翌年13年には31.1%増の月額80ドルに引き上げられた。

 13年には前回総選挙が実施されており、ここで最大野党だったカンボジア救国党が全国で4割以上の得票をして人民党に迫る勢いを得た。全国的な「変革ムード」を背景に労働争議はさらに激化し、14年1月にはプノンペンのベンスレン地区で、抗議行動をしていた労働者らと治安当局が衝突し、死者が出た。

 これを受けて政府は、政府、雇用者、労働者の3者による賃金引き上げのための諮問会議を設置すると発表。以降、毎年この会議で翌年の最低賃金が協議されることとなり、労働争議は激減した。10%前後の増額が14年から続いており、18年の最低賃金170ドルは、5年前の13年の2倍以上になっている。

 隣接するタイなどに比べてまだ最低賃金は安いものの、短期間で急上昇した賃金水準に、国外から進出した企業は困惑している。中国、ベトナム、タイなどの製造拠点に加え、「安価な労働力」を求めてカンボジアに進出する傾向は今も続いているが、商工会への入会企業のデータなどを見ると、日系企業の進出は14年ごろをピークに落ち着いている。毎年上がる人件費に加え、今はタイなどに「国外出稼ぎ」に行く若者が多く、人材の争奪戦も激しくなっている。

 ◆求められる見返り

 また、前回総選挙から今年の選挙に至る5年間に発生した、与党側による野党勢力の弾圧は、フン・セン首相率いる与党の「一党独裁」政権を生み出した。主に中国の援助や投資を受け、現在も年間7%前後の経済成長率を続けるカンボジア経済だが、「民主化の後退」が、外国からの投資、なかでも欧米諸国との経済関係にどのような影響を及ぼすか注目されている。

 国内に目を向ければ、今回、与党が大勝した背景には、フン・セン首相による「工場行脚」があったと指摘される。首相は総選挙前に全国40カ所余りの工場を訪問。労働者たちに直接会い、一緒に写真に納まるなどの「どぶ板」ともいえる選挙戦を展開した。都市部に暮らす労働者層は、フン・セン人民党が最も苦手とする票田だった。今回の総選挙では、そもそも最大野党・救国党が選挙前に解党されて選択肢が奪われたという状況があった。それでも、人民党が全国で77%の得票をしたのは、この工場行脚が奏功したからといわれる。

 一方でフン・セン首相は、「どぶ板」の見返りを求められている。このときに約束した労働環境の改善や福祉の向上が実現しなければ、彼らは再びそっぽを向く。そんなフン・セン首相にとって、最低賃金引き上げは労働者の心をつかむ最強のツールだ。カンボジアの最低賃金はこれからもしばらく、上昇し続けそうだ。(カンボジア月刊邦字誌「プノン」編集長 木村文)