国際ニュースは、潮の満ち引きと似て、情報が流れるときは放っておいてもどんどん入ってくるが、いったん止まると全く情報がなくなる。その「落差」をいかに埋めるかが、国際ニュース報道の腕の見せどころでもある。
トルコの通貨・リラ暴落のニュースは、いっとき世の中を大いに騒がし、そして、あっという間に忘れられていったようだ。しかし、暴落騒ぎやエルドアン・トルコ大統領とトランプ米大統領の「口論」が一段落した後も、問題の余波は広がっている。
リラの暴落直後、ちょうど私はイスタンブールにいた。目の前で、リラがどんどん落ちていく。通貨というのは、こんなにもろいものなのかと恐ろしくなる。滞在初日、両替商で1ドルは5.7リラだったが、みるみる間にリラの価値が削られ、1週間すると1ドルで6.5リラになっていた。
ところが、政府によるメディアの統制が効いていることもあって、トルコ人は暴落にそこまで動揺していない様子だった。輸出主体の経済ではないこともあるだろう。この期間中に知り合った日本通のトルコ人からは「ノムラのリラ建て債券で大損した人たちがいたんだろう?」と逆に心配されてしまった。