論風

官民ファンドの明日 収益と政策 聖域なき見直しを (1/2ページ)

 昨年末、官民ファンドの一つ、産業革新投資機構(JIC)で、私を含む民間出身の取締役全員が退任する騒動に遭遇した。本件の個別論はともかく、官民ファンドの原型であり、おかげさまで世の中から高い評価を頂いている産業再生機構の経営トップの一人として法案審議段階から解散まで当事者として関わった経験と、15年後の今回の経験を合わせたときに、その後の官民ファンドの評判があまり芳しくない理由について明確に分かったことがいくつかある。(経営共創基盤CEO・冨山和彦)

報酬とモラルの問題

 一つは公的機関だから低い報酬でも一流の人材が集まって高いモラルで一流の仕事をしてくれるという、産業再生機構の美しい物語に対する誤解である。これが成立したのは、当時は深刻な「市場の失敗」が起きており、それを修復するという「明白重大な国家的使命」があり、かつそれを最長5年、実際には4年で完了させた「短期決戦」だったからだ。

 その後の官民ファンドは10年以上の長期的存続期間を前提としている。そこで成功報酬のない低い報酬で一流の人材を集めて高いモラルで運営を継続することは現実には難しい。むしろ二流の人材が、株主である役所の顔色や政治状況を気にしながら組織内保身を優先するサラリーマン的な行動様式を誘発するモラルハザードが起きてしまう。一部に経済的なダウンサイドリスクを負っていない人たちに成功報酬を出すとモラルハザードを生むという議論があるが、現実にはその逆であることが官民ファンドの不調や不祥事の大きな原因の一つだ。

 産業再生機構設立当時の私たちもそうだったが、一流のプロフェッショナル人材にとって、官民ファンドのような色々な批判にさらされる新組織の立ち上げに関わる真のダウンサイドリスクは、それが失敗政策のレッテルを貼られることであり、一流の人ほどそのリスクは甚大だ。経済的ダウンサイドリスク云々の議論は見当違いである。

 次にガバナンスと運営の独立性の問題。産業再生機構はガバナンスを担う産業再生委員会が極めて高い独立性を持ち、私たち執行部はもっぱらそのガバナンス下に置かれる運営が徹底されていた。個別案件に関する投資も売却も執行部として事前に監督官庁と相談や調整をしたことはなく、機構内の人事も完全に白紙委任されていた。

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