【ジャカルタレター】インドネシアに残るスハルト政権期の“遺産” (1/2ページ)

インドネシア国軍の兵士ら=2018年10月、バリ島・ヌサドゥア(ブルームバーグ)
インドネシア国軍の兵士ら=2018年10月、バリ島・ヌサドゥア(ブルームバーグ)【拡大】

 今のところ大統領選挙の大きな争点にはなっていないが、インドネシアにはスハルト政権期からの“遺産”ともいうべき難問が数多く残っており、解決に向けて何らかの対策を取らねばならない時期に来ている。

 共産党員50万人殺害

 その一つは、現在も続くパプア紛争である。現在の西パプア州、パプア州は、1962年にインドネシア軍が進攻、スハルト政権下において69年に国軍の管理下で行われた住民投票を経てインドネシアが併合した。その後、インドネシアからの独立を求める自由パプア運動が起こったが、国軍は弾圧を続けてきた。

 民主化が進む中で自治権を付与するなどの歩み寄りが見られたが、政府はパプアの分離独立派とは話し合いに応じる気もなく、力によって独立派を押さえる戦略は続いている。

 また、昨年末に起きた暴力事件からインドネシア国軍が再びパプアでの取り締まりを強化した結果、多数の人権侵害事件が報告され、国連の人権委員会も懸念を示している状況だ。

 もう一つの重大な負の遺産は、現在に至っても真実の究明や被害者への謝罪・補償などが行われていない、共産党員大虐殺事件であろう。65年9月30日に陸軍のトップ6人が殺害される事件が起きた。スハルトらは、この事件の背後には共産党がいるとして、共産党狩りがスタートするのである。共産党員やそう疑われた人々の少なくとも50万人が殺されたと言われている。背後には、共産党の台頭を恐れるアメリカ、そしてこの事件を機に一気に権力の座についたスハルトと国軍が存在する。

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