【専欄】中国で“消える”人々

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 日本で范冰冰(ファン・ビンビン)事件が報じられていた頃、中国芸能界は、もう一つのスキャンダルで大騒ぎだった。「呉秀波事件」である。(ノンフィクション作家・青樹明子)

 事件発覚当日、中国は中秋節休みだったが、ネットはもちろん、紙媒体も含めて、あらゆるメディアで「呉秀波」の文字が躍った。呉秀波さんには愛人がいて、女性本人が、ブログでそれを暴露したのである。プライベート写真も併せてアップしたから、たまらない。

 范冰冰さんも大物スターだが、呉秀波さんも負けないくらいの大スターである。彼が主演するテレビドラマは、軒並み高視聴率を記録し、作品は日本をはじめ、海外でも放送されている。テレビドラマ1本の出演料も100万元(約1646万5100円)に到達するらしく、まさに芸能界の帝王だった。

 そんな大スターが、不倫スキャンダル露見と同時に、メディアから姿を消した。その消え方が実に徹底していて空恐ろしい。まずは事が発覚した翌日、高視聴率を誇っていたテレビ番組「私は俳優」から姿を消した。続いて春節(旧正月)に公開が決まっていた主演映画「情聖2」も公開延期になった。

 極めつけは、収録済みだった北京テレビ春節特別番組である。番組で呉さんはメインのMCを務めていたが、オンエアから彼の姿だけが消されていた。スターが集結する春節特番だったので再集録は不可能、1年で最も重要な番組を放送中止にすることも不可能、ということで、彼だけを消すことにしたようだ。スタッフが三日三晩、徹夜の作業の結果、呉さんの姿を完璧に消し去り、その技術力の高さに、称賛が集まるという、皮肉な結果をもたらしている。

 そこで突然思い出した。二十数年前、中国で暮らし始めて3カ月目、奥歯の詰め物が突然取れた。当時北京一といわれた北京大学の歯科医院に駆け込んだのだが「その歯を抜きます」と言う。「詰めたものが取れるということは、歯が悪くなっているということ。悪いものは取り除かなきゃならない」

 中国の友人いわく「中国では悪いものは取り除く。昔からずっとそうだ」

 建国から文化大革命の時代、失脚した政治家は、肖像画や記念写真から消されてきた。最初から存在しなかったかのように、完全に消えるのである。

 政治家ではない呉さんは、いずれ復活する日も来るだろう。しかし、映画やテレビで、姿を見ない日はないくらい超人気者だったスターが、ここまで完璧に消えるのは、やはり不気味である。