「実証より理論」は時代遅れ マンキュー経済学、見直し迫られる (1/2ページ)

ハーバード大学でのイベントで、イエレンFRB議長(右)=当時=と対談するグレゴリー・マンキュー氏=2016年5月27日、米マサチューセッツ州(ブルームバーグ)
ハーバード大学でのイベントで、イエレンFRB議長(右)=当時=と対談するグレゴリー・マンキュー氏=2016年5月27日、米マサチューセッツ州(ブルームバーグ)【拡大】

 まるまる1世代にわたり、経済学の常識といえば米ハーバード大学のグレゴリー・マンキュー教授が定義するものだった。マンキュー氏は同大学の入門コースで14年間にわたり教え、ベストセラーの教科書は私も大学院進学に備えて読んだし、学部生向けの自分のマクロ経済学の授業でも使わせてもらった。「経済学入門」について語る場合、恐らく人々の脳裏のどこかにマンキュー氏の名前があるだろう。

 しかし今や、マンキュー氏の時代は終わりつつあるのかもしれない。マンキュー氏はハーバード大での「経済学原理」の講義から退くことになり、この先にはより不透明な時代が広がる。

リバタリアン的偏向

 マンキュー氏の経済学は主に古典的な考えに基づくものだ。相互利益のための自発的な取引に従事する合理的な主体が主導し、おおむね正しく機能するシステムとして市場を定義する考えは、アダム・スミスやデービッド・リカード、レオン・ワルラス、ウィリアム・ジェボンズといった18、19世紀の経済学者に遡(さかのぼ)る。そして、マンキュー氏の入門レベルの分析の多くを支える需給関係の理論は、やはり「経済学原理」と名付けられた有名な教科書の著者であるアルフレッド・マーシャルが形式化したものだ。

 だが、マンキュー氏を批判する人々が常に感じるのは政治的な偏向である。マンキュー氏の経済学における第一の基本原理は、経済的効率と平等の間に根本的なトレードオフ(二律背反)があるとする。政府による再分配は経済の最適な機能を妨げるというのが理由だ。経済を損なうような再分配の形式があるのは確かだが、普遍的なトレードオフの概念を支持する証拠はほとんどない。実際、豊かな国々の方が社会保障への支出が多い傾向がある。一方、マンキュー氏のトレードオフの考えは、経済を組織化する一層生産的な方法によって、再分配なしでも格差を減らすことができるかもしれない可能性を無視するものだ。

 これと同様に、政府に対するマンキュー氏の不信感は反射的といえる。マンキュー氏の原理では、市場は「通常の場合、経済活動を組織化する良い方法」であるが、政府の介入が「市場の結果をときどき改善させることができる」とされる。独占力や外部性、公共財、非対称情報など市場の失敗の存在を認めつつも、マンキュー氏の解釈は市場に好意的だ。ただ、こうしたリバタリアンの見解は正確ではない可能性がある。市場の失敗は例外ではなく、標準だとの主張もある。ダロン・アシモグル、ジェームズ・ロビンソン両氏のようなエコノミストは、強力な政府機関は微調整や改善というよりも、国の繁栄にとって根本的なものだと指摘する。

 経済学研究自体はさらなる政府介入を支持する方向に動き、不平等についての懸念も高まってきたが、左派寄りの学生による授業ボイコットにもつながったマンキュー氏のリバタリアン的偏向の結果、経済学研究者を自由放任主義の支持者、企業や富裕層の特権の擁護者とする一般的なイメージが強固となった。

需給関係論にも欠陥