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環境公益訴訟の進展と課題

 □ジェトロ・アジア経済研究所 大塚健司

 中国では、微小粒子状物質「PM2.5」など深刻化する環境汚染への対策において、国家がトップダウンによる監督検査活動の強化などで汚染の拡大を抑制しようと躍起になっている。他方で、環境政策の実効性を高めるため、立法、司法、行政の諸制度の改革も進められている。今回は、2014年改正・15年施行の環境保護法で制度化された「環境公益訴訟」を中心に、近年の実践で見えてきた課題について紹介する。

 環境公益訴訟とは、環境汚染・破壊に対して、被害・影響を受ける直接の当事者ではない非政府組織(NGO)などが、訴訟を通して問題解決を求めるものである。世界的に見れば欧米を中心に、市民訴訟や団体訴訟の形で制度化と実践の積み重ねがある。アジアではフィリピン、インドネシア、台湾などで導入されているが、日本ではまだ導入されていない。

 ◆費用負担リスクの壁

 中国では1990年代から環境NGOがいくつかの公益訴訟を提起してきたが、改正環境保護法によって一定の条件付きで制度的な担保を得た。その中で、江蘇省の常州外国語学校で起きた土壌汚染事件は内外のメディアから注目され、その後NGOによる環境公益訴訟に発展した例として挙げられる。

 事件の発端は、同校の生徒数百人が入学後の半年間で皮膚炎、気管支炎、血液異常などを患うようになったことだった。その原因として、以前近くで農薬を生産していた複数の工場が有毒化学物質を投棄していたことであるとメディアや国際NGOなどが伝えると、保護者らが学校へ抗議に押しかけた。国と同省の専門家チームにより調査が行われたものの、周辺の環境汚染による生徒の健康への影響について明確な結論は示されなかった。

 これに対して2016年4月、「自然の友」と「緑発会(中国生物多様性保護・緑色発展基金会)」という2つの環境NGOが常州市中級人民法院に、3社の化学工業企業を被告として環境汚染の除去、環境修復費用の負担、メディアでの公開謝罪などを求めて環境公益訴訟を提起した。

 17年1月の1審判決では、現地政府が既に環境修復を行っているとして原告の請求は退けられ、189万元(約2900万円)に上る多額の訴訟費用の負担を命じられた。2団体は新たな証拠書類を付し、同年2月に江蘇省高級人民法院に上訴。18年12月の2審判決では、環境修復費用の負担の請求については認められなかったものの、多額の訴訟費用の負担は事実上撤回され、被告企業のメディアへの公開謝罪が命じられた。

 この事件では、2審判決で撤回されたものの敗訴による訴訟費用の負担リスクが懸念され、その後も財政的に脆弱(ぜいじゃく)な多くのNGOにとって環境公益訴訟を思いとどまらせる要因の一つとなったと考えられる。

 このほか、原告資格(区を設置する市級以上の人民政府への団体登記、5年以上の環境公益活動の実績など)、訴訟に関わる法律事務能力、因果関係に関わる証拠収集能力など、環境公益訴訟には多くのハードルがある。法律上、原告資格を有している環境NGOは全国で700以上あるとされているが、各種公開資料で見る限り15~17年に環境公益訴訟を担ったNGOは二十数団体にとどまり、件数では北京に事務所を置く上記事例の2団体に偏っている。

 ◆NGO案件は限定的

 今年7月に開かれた最高人民法院による環境資源審判庭成立5周年の会議では、15年1月以来、NGOによる環境公益訴訟が298件受理されたことが明らかにされた。これに対して検察機関による環境公益訴訟は15年7月に試行が始まって以来、3964件に上るという。現在の環境公益訴訟では検察機関の役割が圧倒的に大きく、制度化によって開かれたはずの公民社会(市民社会)のスペースは限定的といえる。もっとも、検察機関がNGOと連携して訴訟を担う事例もあり、必ずしも敵対的な関係ではない。

 中国では、人権派弁護士への弾圧に見るように、一般に司法へのアクセスおよび権利侵害の救済がどこまで保障されるのかといった懸念がある。他方で環境政策の実効性の向上は避けられない喫緊の課題。今後、環境公益訴訟はある一定の制度的枠組みの中で実践が蓄積されつつ、直面する問題を踏まえてさらなる制度改革が求められるであろう。

                  ◇

【プロフィル】大塚健司

 おおつか・けんじ 筑波大学大学院生命環境科学研究科修了、博士(環境学)。1993年、アジア経済研究所入所。その後、北京大学にて2年間、客員研究員を経験。著書に『中国水環境問題の協働解決論』(晃洋書房、2019年)。51歳。

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