海外情勢

ハイチ地震10年 大統領不在、議会も機能せず 政治混迷で進まぬ復興

 カリブ海のハイチの首都ポルトープランスを中心に、30万人以上が死亡したとされる大地震の発生から10年が過ぎた。首都では大統領府をはじめ再建の進まない建物が散見され、いまだにバラックで生活する被災者らもいる。政治の混乱が復興の遅れに拍車を掛けている。

 2010年1月12日、マグニチュード(M)7.0の大地震が首都に壊滅的な被害を与えた。約210万人が家を失い、白亜の美しい外観で知られた大統領府も崩壊。大統領府のあった場所は現在も更地で、壮麗だったカトリック大聖堂も壁と柱を残すだけの無残な姿をさらし続けている。

 首都中心部ではようやく数年前から、被災者が住むテント村の解消が進んだ。しかし近郊のデルマス地区では、約60人が依然として貧しいバラックで生活していた。

 「お金があれば、こんなところから出て行きたい」。トタン板やシートを継ぎ合わせただけの小屋に子供や親戚と住むクラウディア・デコリナさんは話す。水道も便所もない。路上で物を売って小金を稼ぐが、アパートを借りる余裕はない。

 世界銀行によると、ハイチは国民の半数を超える600万人以上が1日2.41ドル(約250円)未満で暮らす米州の最貧国。ただでさえ復興が困難な中、政治の混迷が事態をますます複雑にしている。

 15年の大統領選は決選投票が繰り返し延期され、16年2月から1年間は任期切れで大統領不在の事態に陥った。19年3月には議会が当時の首相を罷免。モイーズ大統領の後任指名は議会にことごとく退けられ、首相職は現在も空席のままだ。

 市民による反政府デモも活発化。混乱により選挙が実施できず、今年1月には任期切れで下院議員全員と上院議員の3分の2が失職し、議会が機能不全となっている。

 治安は一向に改善しない。04年の政変による混乱をきっかけに展開していた国連平和維持活動(PKO)のハイチ安定化派遣団(MINUSTAH)は17年に撤退。その後を受けた国連ハイチ司法支援派遣団も昨年10月に任務を終えた。

 1995年に廃止され、2015年末に小規模に再創設された軍は「なきに等しい」(現地外交筋)ため、現在は主に警察が治安維持を受け持つ。しかし首都では犯罪組織同士の抗争や凶悪事件が絶えない。

 バラック生活者のカミーユ・エティエンヌさんは「政府は全く機能していない。われわれのような被災者にとって、ハイチに希望はない」と嘆いた。(ポルトープランス 共同)

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