山本隆三の快刀乱麻

米国を怒らせたEU国境炭素税

 ■導入なら日本企業にも影響

 マクロン仏大統領は2018年11月、温暖化対策としてガソリン、ディーゼル燃料(軽油)に課せられている炭素税を翌19年1月から増額することを発表した。これが、フランスを大混乱に陥れる騒動の発端になった。

 同国では14年から、温暖化対策として二酸化炭素(CO2)に価格付けし、ガソリン、ディーゼル燃料のCO2排出量に基づき課税している。同年から原油価格が下落し始め、1リットル=2ユーロ(約230円)を超えていたガソリン価格も1.3ユーロ台まで落ち込んだため課税額は目立たなかったが、その後、原油価格が上昇してガソリン価格も値上がりし、18年には1.8ユーロを超える水準に達した。

 そうした状況でCO2価格の設定額を引き上げ、増税する政策に多くの国民が反発した。ガソリンの増税額はわずか2.9ユーロセントだったが、パリなどでは暴動、略奪も発生した。国民の強い反発を受け、マクロン大統領はガソリン、ディーゼル燃料への増税を見送り、22年までの税額凍結を発表せざるを得なくなった。

 しかし、仏政府は依然、温暖化対策に極めて熱心だ。仏議会は昨年9月、50年までにCO2の純排出量をゼロにする法案を承認した。この法案には、30年までに化石燃料の消費量を40%削減することや、22年までに石炭火力発電所を閉鎖すること、原子力発電所の稼働を10年延長することが含まれていた。

 仏政府は、CO2排出量を基に課税する炭素税導入も諦めていないようだ。昨年7月には、CO2排出量の多い航空機からCO2排出量が少ない鉄道などへの利用変更を促すため、20年から航空券に課税すると発表した。欧州連合(EU)内のエコノミークラスに1.5ユーロ、ビジネスクラスに9ユーロ、EU外の場合にはそれぞれ3ユーロ、最大18ユーロの課税が行われる。

 仏政府が熱心なのは、自国の温暖化対策だけではなく、EU内での温暖化対策を進めるため、国境炭素税の導入を呼び掛けたからだ。

 温暖化対策に取り組んでいない国からEUへの輸入品に課税するアイデアで、欧州委員会が昨年末に発表した環境政策「グリーンディール政策」の中に国境炭素税の導入が含まれていたことから、米国、ロシアなどが反発した。導入されると日本企業への影響も免れない。

 ◆効果は不透明?

 温室効果ガスの中で最も排出量が多いCO2を削減するため、化石燃料から排出されるCO2に価格を付ける。価格付けには大きく2つの方法があり、一つはCO2排出量に応じて化石燃料に課税する炭素税だ。もう一つは、企業にCO2排出量を割り当て、排出量の取引を行う排出量取引である。

 EUでは、鉄鋼、セメントなどのエネルギー多消費型企業に排出量の割り当てが行われている。割り当て対象になっていない運輸部門の排出量を減らすため、一部のEU諸国ではガソリンなどの燃料価格を上昇させ消費を抑制する炭素税を導入している。

 課税は各燃料のCO2排出量に応じて行われる。CO2排出量は、ガソリンが1リットル当たり約2.3キロ、軽油が同2.6キロ、燃料用一般炭が1キロ当たり2.4キロとなっている。

 多くの国では、ガソリンなどに炭素税とは別の課税も行っている。日本では、石油石炭税に加えガソリン税などがあり、ガソリンの小売価格の約半分は税金である。炭素税はこれらの税金に加えて課せられる。例えば、フランスでは2018~22年、CO21トン当たりの価格が44.6ユーロに設定されている。CO2排出量に基づき、ガソリンには1リットル当たり10.2ユーロセントが課税されることになる。この程度の課税でガソリン消費は抑制されるのだろうか。

 ガソリン価格が燃料消費に与える影響については、日本のデータがある。多少は影響がありそうだが、車の燃費が向上し、燃料消費量が減少する中、景気動向、季節要因などもあって因果関係がはっきりしない。効果が不透明でも、運輸部門のCO2を減らす努力をすべきだとフランスは考えたのだろう。

 もし、フランスだけが化石燃料に大きな額の炭素税を導入した場合、同国の製造業や輸送業などのコストは周辺国より高くなり、国際競争力の面で不利になる。この問題を解決するために考え出されたのが、国境炭素税である。

 ◆輸入品値上がりも

 欧州委は昨年12月11日、欧州グリーンディールを発表した。2050年に域内の温室効果ガス純排出量ゼロを目指すEU目標については、ドイツ、中東欧諸国の抵抗があり、合意に時間がかかったが、昨年12月の欧州首脳会議で棄権したポーランドを除いて合意した。目標達成には資源を効率良く使い、競争力を持つ公正かつ繁栄する社会に変わる必要があると欧州委はうたっている。グリーンディールはそのための成長戦略という位置付けである。

 グリーンディールでは、研究開発部門への投資など多くのことが述べられているが、EUでの炭素漏洩(ろうえい)を防ぐためとして、炭素国境調整メカニズム(国境炭素税)の導入が述べられている。

 EUでの炭素漏洩は、EU内の排出量取引により排出量の割り当てを受けている鉄鋼、セメントなどのエネルギー多消費型企業が、炭素に関する負担がないEU域外に移転することにより発生する。また、EU域外の炭素への価格付けがない国から相対的に安価な製品が輸入され、EU製品が駆逐されることによっても発生する。

 これを防ぐため、EUと同レベルの炭素価格を設定していない国からの輸入品に課税するのが国境炭素税だ。欧州委は、WTO(世界貿易機関)の規則にのっとった形で導入するとし、21年に提案を行う予定だ。詳細は明らかになっていないが、いくつかの問題がある。

 1つ目は、税額の基礎になる輸入品に含まれる炭素量をどう計測するかだ。2つ目は、大排出国である中国や米国との間で貿易戦争を引き起こす可能性が高いこと。3つ目は、課税により輸入品が値上がりし、EU域内の消費者を直撃する可能性があることだ。

 米国のウィルバー・ロス商務長官は「保護主義的な内容なら、米国はEUに懲罰的な反撃を行う」とコメントした。スティーブン・ムニューシン財務長官も1月のダボス会議で、「どのように税額を計算するのか」と疑問を呈した。

 また、ロシアの気候変動問題担当の高官は「実現するかもしれない。ロシアの産業界もこの動きに備える必要がある」とコメントした。導入されると、日本の輸出品も対象になるだろう。日本企業も備える必要がありそうだ。

                  ◇

【プロフィル】山本隆三

 やまもと・りゅうぞう 常葉大学経営学部教授。京大卒業後、住友商事に入社。地球環境部長などを経て、2008年プール学院大学国際文化学部教授、10年から現職。財務省財務総合政策研究所「環境問題と経済・財政の対応に関する研究会」、経済産業省産業構造審議会臨時委員などを歴任。現在、国際環境経済研究所所長、NEDO技術委員などを務める。著書に『経済学は温暖化を解決できるか』(平凡社)、『夢で語るな日本のエネルギー』(マネジメント社)など。

Recommend

Ranking

アクセスランキング

Biz Plus