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歴史ある「章草体」が復活 中国ではブームにも

 この2月半ばに、『キョ草傳薪(きょそうでんしん)』(王キョ常(おう・きょじょう)先生生誕120周年記念)の書道展を東京と前橋で開催した。新型コロナウイルスが日本にも入り始めていた時期だったが、開幕式は止めるなどして、なんとか開催にこぎ着けた。この書道展は筆者が属している書道会が主催したものだが、日本ではほとんどなじみのない「章草(しょうそう)体」という字体を、日本で初めて本格的に紹介したという点で、実は画期的だった。(拓殖大学名誉教授・藤村幸義)

 書道の世界で「書聖」とたたえられているのは、東晋時代に活躍した王羲之(おう・ぎし)である。その行書体や草書体の優雅な流れるような筆遣いは、多くの愛好家を引きつけてやまない。

 ところが書道の歴史はそれよりもはるかに古く、その頃は篆書(てんしょ)体や隷書(れいしょ)体といった字体が主流だった。こうした書体は書き方が面倒くさいことから、より自由に書ける「章草体」という字体も生まれていた。しかし王羲之の登場によってこれらの書体はあまり使われなくなり、「章草体」に至ってはほぼ姿を消してしまった。そして王羲之の時代が長く続くことになった。

 まぼろしの「章草体」を復活させたのが、王キョ常(1900~89年)という上海出身の書家である。彼の師匠である著名な書家、沈曽植(しん・そうしょく)は、書聖の名をほしいままにする王羲之とは違った道がないか、模索を続けていた。しかし、王羲之を超えることは難しく、新たな道を切り開くことができない。やむなく弟子の王キョ常に「王羲之と別の道を開拓せよ」と夢を託した。

 王キョ常は、王羲之の前の時代の隷書体や篆書体、章草体を徹底的に研究した。中でも注目したのが章草体である。そして、当時の章草体をベースとしながらも、これとはまた違った、新たな書体を作り出した。

 専門家の中には、これはもはや「章草体」ではなく、王キョ常の名前を取って「キョ草体」だと評価する向きもある。確かにかつての章草体に比べると、かなりの修正が加わっており、しかもより自由に大胆な筆遣いとなっている。

 中国では王キョ常の存在は広く知られていて、「キョ草体」はブームにすらなっている。ところが日本では名の知れた書道展に行っても、この字体にお目にかかることは、皆無といってよい。今回の展示会を『キョ草傳薪』(キョ草の火を燃やし続ける)と名付けたのも、「キョ草体」を日本にも広く伝えていきたい、との思いがあったからだ。

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