高論卓説

本気で拉致問題を再考するとき 勇気と知略で新しい展開を

 国会で苦しい答弁をしていた安倍晋三首相の左襟の議員バッジの下に「ブルーリボン」が光る。最初は布リボンだったが、新潟選出の議員が金属製にした。このブルーリボンこそが、拉致問題解決のための行動シグナル。安倍首相は、片時もこのリボンを忘れない。

 43年間、愛する娘を北朝鮮から取り返す運動を夫婦で展開してきた父親の横田滋さんが、先日鬼籍に入られた。戦後最大の悲劇物語だ。主権国家日本国の、何の罪もない女子中学生が、北朝鮮に拉致された。産経新聞が、「北朝鮮が拉致!」というスクープをする前までは、文字どおりの「神隠し」という理解だった。

 2012年10月、1カ月後に日体大学生選手団を引率して訪朝しようとしている矢先の私に、文部科学省から電話。「参考人として国会に出席していただきたい。北朝鮮と日体大のスポーツ交流についてです」。「分かりました。喜んで出席します」と応えたが、3日後、「出席は結構です。質問がなくなりました」。国会に招致するといえば、驚いて、不安におののいて、初めてのスポーツ交流を中止すると読んだ議員か官僚がいたのだろうか。

 100回以上、国会で質問の経験がある私にとっては、国会招致こそが政府に刺激を与えるいい機会だと思った。政府が強烈な経済制裁を加え、渡航自粛策を徹底しているときに、突然、無視する大学人が登場。政府は驚いたと同時に戸惑ったに違いない。アントニオ猪木議員は野党であり、単身の訪朝で阻止しづらかったが、私は元自民党代議士ゆえ理解に苦しんだかもしれない。

 日体大は戦前、「海洋体育科」と「航空体育科」を設置し、戦争に最も協力してきた教育機関であった。正門左横に「魂」と御影石に刻まれた大きな慰霊碑が、昭和33(1958)年に卒業生の浄財で建立された。学徒動員によって、約400人の学生たちが命を落としたのである。「体育富強之基」の建学の精神に変化はないが、戦後、新制私立大学としてスタートするに当たり、ミッションに「スポーツを基軸に国際平和に貢献する」と付け加えられた。どの大学よりも戦争に協力してきた反省からくる平和願望の証しである。

 政府は、あの手この手で必死になって策を講じ、「対話と圧力」の中で交渉の糸口を水面下で探すも埒(らち)があかない。価値観があまりにも異なるばかりか、理解に苦しむ独裁国家と歯車が合わないのだ。

 ならば、民間のスポーツ交流こそが両国の友好に役立つのではないか。膠着(こうちゃく)した関係を少しでもほぐすことができるのではないか。政治的な思惑をもたず、同じルールで戦う学生のスポーツ交流、この純粋さに政府もやむなく黙視してくれた印象を受けた。

 今までの日本政府の政策では前へ進まないことだけは明白だ。一歩立ち止まって、中国との国交時を想起すべきではないか。あの「ピンポン外交」を忘れてはならない。たかがスポーツ、されどスポーツ。この交流こそが大切だと私は考えた。

 金日成競技場が、5万人の大観衆をのみ込み、日体大生を応援してくれる。拉致された日本人たちもテレビを見てくれていただろうか。

 横田滋さんのご冥福を祈るだけなら簡単である。勇気と知略で新しい展開を考えねばならない。行動力のある人の出現を横田ご夫妻とめぐみさんが待っている。国も国民も本気で拉致問題を再考せねばならない。待ったなし、だ。

【プロフィル】松浪健四郎

 まつなみ・けんしろう 日体大理事長。日体大を経て東ミシガン大留学。日大院博士課程単位取得。学生時代はレスリング選手として全日本学生、全米選手権などのタイトルを獲得。アフガニスタン国立カブール大講師。専大教授から衆院議員3期。外務政務官、文部科学副大臣を歴任。2011年から現職。韓国龍仁大名誉博士。博士。大阪府出身。

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