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総裁選所見発表詳報(9)岸田氏「国民の声を聞く力を政治のエネルギーに」

 ■岸田文雄氏 この度自民党の総裁選挙に立候補いたしました岸田文雄でございます。浅学非才ではございますが、全力、全霊全身をかけて、この選挙に臨んでいきたいと存じます。どうぞよろしくお願いを申し上げます。そして冒頭、私からも先日の台風10号によって被災された皆さま方、全ての皆さま方に、心からお見舞いを申し上げたいと思います。

 土砂災害など二次災害の危険もまだ残っております。警戒は緩めることはできませんが、こうした災害が次々と起こる、この時代にあたって、防災・減災、あるいは国土強靱(きょうじん)化3カ年計画など、こうした取り組みの実施継続、拡充、こうしたものをしっかり進めることによって、国家百年の大計にたって、この防災についてもしっかり考えていかなければならない、こうしたことを強く感じます。

 その上で所信について申し上げます。私が国会に議席を初めていただきましたのは1993年第40回衆議院選挙、日本国で最後に中選挙区制度で選挙が行われた選挙でありました。その選挙によって私たち自民党は野に下りました。初めて野党を経験いたしました。そのときの自民党本部の姿。私は今でも、ついこの間のようにいきいきと思い返すことができます。

 あのとき、年末予算のシーズンであるにもかかわらず、自民党の党本部、駐車場はガラガラでありました。受付の女性、あるいは守衛の皆さんも、手持ち無沙汰の様子をされておられた。また、時の幹事長は、後に総理大臣になられます森喜朗総理でありましたが、当時の森幹事長も幹事長室で暇を持て余しておられた。そういった印象を大変印象深く覚えております。

 それからわれわれ自民党は16年後、再び野に下りました。このときの選挙の結果、これは真に悲惨なものでありました。当選することができた議員119名。半分以上の同志が涙をのむ大惨敗でありました。この選挙の結果の後、われわれ野党時代でありますが、当時の谷垣禎一自民党総裁は「生声プロジェクト」というプロジェクトを打ち上げられました。要は全国、国会議員が山奥深く、あるいはどんな離島であっても、自ら足を運び、現地の皆さんと車座になって、少人数で徹底的に意見交換を行う。こうした座談会400回、500回と繰り返して、多くの国民の皆さんの声を直接聞き取るこうした努力を続けました。

 こうした国民の皆さんの聞く力、声を聞く力をエネルギーに変えて、そしてそのエネルギーでもって、われわれ自民党は与党に返り咲き、そして第2次安倍政権がスタートし、この7年8カ月の安倍政権時代が今度スタートした、こういったことでありました。私はあのとき、政治における聞く力のエネルギーの大きさ、これを改めて痛感いたしました。

 そして翻って今、私たちの国は今どういった状況にあるのか。新型コロナウイルスとの戦いの中で、医療現場において最前線で多くの関係者が大変な努力を続けておられる。また、多くの事業者が明日も事業を維持できるのか不安の中で懸命に努力を続けておられると。また多くの高齢者が医療や介護、こうしたサービスを受けられるんだろうか、不安に思っておられる。

 若者も将来の不安の中で、なかなか結婚に踏み切ることができない。あるいは子供を持ちたいと思っても、なかなか持つことができない家族がある。さまざまな悩みが、声が日本中にあふれています。私は今、こうした日本において、再び政治の聞く力、多くの国民の皆さんの声を丁寧にしっかり聞き、そしてそれをエネルギーに、政治のエネルギーに変える。こうした聞く力をしっかりと再確認をして新しい時代に向かっていかなければならない、このように思います。=(10)に続く

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