【飛び立つミャンマー】高橋昭雄東大教授の農村見聞録(20)

2014.10.10 05:00

 ■西瓜ブームと土地騰貴

 古都マンダレーの南に接するチャウセーは、かつて軍政トップだったタンシュエ元国家平和開発評議会(SPDC)議長の生まれ故郷である。その縁で、彼の生家があるチャウセー郡には特に中国資本の工場が目立つ。西部チャウピューから中国に石油とガスを運ぶパイプラインに関連した大きな基地もここにある。また、農業分野でも雲南省から中国人がしばしば訪れ、野菜や果物を買い付けたり、自ら作付けたりしている。

 ◆中国人の指導で生産

 2014年夏、チャウセーが主産地となっている中国向けの西瓜(すいか)栽培で財を成したマウンジー氏(仮名)に、チャウセー町で出会った。彼は、この町で生まれた45歳のビルマ人である。彼に会ったのは、町を貫く国道1号沿いに建つ5階建てビルの1階であった。このビルは彼が所有し、1階には中国産の肥料が山積されている。農民がひっきりなしに出入りしており、肥料商としても繁盛していることがうかがえる。

 彼はチャウセーの各地に計2000エーカー(約800ヘクタール)の農地を借りて西瓜を作っている。彼自身も300エーカーの農地を持つ。周辺の農家1世帯当たりの保有農地は平均5~6エーカーであるから、彼は群を抜く大農である。

 15年ほど前に西瓜を作り始めた。当初は中国人と一緒に作っていたが、今は時々、技術指導を受けるだけである。

 例年、8月20日前後に種をまいて、10日後に移植し、その後3カ月ほどで収穫となる。農地を借りるのはこの期間を含めて12月までの5カ月間ほどで、1年の残り7カ月間は農地の持ち主が耕作を行う。

 この5カ月間だけの地代が1エーカー当たり20万~25万チャット(約2万1900~2万7400円)である。仮に貸し出さないで稲を作付けたとしたら純収入は10万チャットほどであるため、持ち主としても悪い話ではない。西瓜栽培に向いているのは砂地なので保水力が弱く、もともと稲作には向かない土地でもある。

 種子はすべて中国のF1ハイブリッド種で、1エーカー当たり5万チャットほど費用がかかる。他に農作業者の日当が2000~2500チャットで労働コストが70万チャット、肥料代が25万チャットなどで、1エーカー当たり生産費はおよそ200万チャットである。45万~50万チャットの稲作の4倍ほどかかることになる。

 収穫した西瓜はすべて中国に輸出する。昨年度は1エーカー当たり17トン穫れ、1キログラム当たり平均750チャットで売れた。1エーカーで1275万チャットの粗利益である。これから地代と生産費を除いても、1050万チャットすなわち約115万円の純収益となる。収入は稲作とは比較にならず、仮に豆類やトマトを作っても、この収入の足元にも及ばないであろう。

 これが2000エーカーもあるのだから、マウンジー氏はとてつもない大金持ちであり、周辺の農民や土地なし層を労働者として大量に雇用しているので、村人の収入も向上させていることになる。これもすべて中国がもたらした有効需要のおかげである。

 ◆土地買いあさりの噂

 ここまでなら、すべてがハッピーだが、どうもそういうわけにはいかない。彼が雲南省あたりに住む中国人のために農地を買いあさっていると指弾する人もいる。

 他にも、最近チャウセー町で最も大きな精米所を作ったゾーティン氏や建設業者のナインリン氏(両人とも仮名)、マンダレーの商人たちが、中国人の命を受けて農地買収を進めているとの噂がある。現地の仲介業者によれば、チャウセー郡の農地の3分の1が中国人の手に渡ったという。

 しかし、彼らと中国人たち、および彼らと売主の間には、何人も名義貸しをしている人たちがいて、実態をつかむのは不可能であり、またいかなる証拠もない。

 ロケットのように高騰し、もはや農業をするための地価ではなくなってしまった農地価格から、庶民はその灰色の背景を取沙汰することしかできないのである。

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