万博パビリオンで“世界旅行” 面白くするにはどうすればいいか

2015.5.10 06:00

 「実際に人とちゃんと向き合い、こちらが狙う経験をしてもらうのはとても難しい。だから逆に映像を用意した運営は楽なのですよ。だいたい3D的な映像と大音響で人を驚かすのはメッセージを伝える手法として古いと思います」

 こう語るのは5月1日に開幕したミラノ万博のオランダ館のデザイナーだ。

 通常、万博というのは各国パビリオンの建築の競い合いになる傾向にある。目立つ外観と意外な空間の展開。それが話題をひっぱる要素として必要でないわけではない(今回のブラジル館にある人が歩ける大きなネットは、その一例)。しかし、あまりにコンテンツとバランスが悪いとパビリオンの中に入って期待外れだ。

 オランダ館に大げさな建築はない。メインはテントのある飲食スペースの周りにある並ぶストリートフードの屋台だ。奥に屋内のレストランもあるが、展示の中心が、このストリートフードの世界である。どこかの遊園地を想起させるシーンだ。

 一方、「経験」「シェア」「コミュニティ」というキーワードが世の中では飛び交うが、それらの言葉が意味することをリアルに経験するのは殊の外、難しい。ソーシャルメディア上では、画像や動画を共有して「いいね!」をつけてその気になっているが、リアルな世界で同じような感覚はなかなか持てない。

 その点にオランダ館のチームは勝負をかけたわけだ。でも、こんなチャレンジを保守的な官僚組織がよくぞ承認した、と疑問に思った。

 どんな決定プロセスがあったのだろう。

 3年前に政府がミラノ万博不参加を決めた。しかしオランダにとって食や農業は重要な経済推進力で、食の産業・研究集積地域もある。昨年の夏ごろから「このオランダが食をテーマにしたミラノ万博に参加しないのは、あまりに不自然ではないのか?」との論議が民間で活発化してきた。

 そこから規定の枠や世代の壁を越えて、政府機関へ具体的な提案をもって働きかける。最終的に政府がかつての決定をひっくり返したのは年末である。つまり正式決定から実施まで数カ月しかないところで、会場レイアウトから資金集めまでのすべてをこなす羽目になった。

 オランダの食体験の強みをポイントにおいたパビリオンを短期間で実現するには建築空間を頼りにせず、コンテンツのアイデア勝負で立ち向かうしかない。コンペなどやっている時間はない。

 したがって、今回のパビリオンはコンペの結果ではない。政府機関もストリートフードのコンセプトに即時OKといったわけではないが、ふつうの案件からみれば圧倒的にスムーズにいった。

 「我々の国はそう大きくないということもあるけど、色々な分野やレイヤーと接点を持ちやすい」ともともとオランダの社会にある「オープネス(風通しの良さ)」が、今回のプロジェクトのキーであるとデザイナーは強調している。

 同じように「オープネス」がパビリオン実現に効果的であると話していたのは、中東のバーレーン館のディレクターだ。ミニマリズム的な建築空間のなかに小さな庭が散在している。そこにはオレンジやレモンの木々が植えてあり、嗅覚をやさしく刺激する。

 とてもア-ティスティックな見せ方である。国の文化を静かに、しかも丁寧に表現している。何よりもハードとコンテンツのバランスの良さが、訪れる人の気持ちを穏やかにしてくれる。人口およそ1300万人という小さな国であるからだけでなく、古代からハブとして生きてきた人々の「オープネス」が、この空間には漂っている。

 文化は他人の耳をもぎとる勢いで訴えるものではない。そういうことを、これらの2つのパビリオンは教えてくれる。

 世界の国のどのパビリオンもお金と手間をかけて一生懸命に演出を準備したのは分かる。それにどこの文化が優れどこの文化が劣るということもない。しかし、コンセプトの絞り方やメッセージの伝え方に優劣があまりにある。

 それは経済力やアートディレクターの力量の問題ではなく、このプロジェクトを実行するにあたっての(文化も含めた)内部事情を露呈させている、ということなのだ。それらを勘案しながら展示のコンテクストを読み込むと、万博見学はとてつもなく面白い世界旅行になる。

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