結果に到達するプロセスこそ強調する パワポに埋もれぬ欧州人

2017.2.12 06:00

  ミラノの高校に通う息子の数学の成績が少々伸び悩み、ぼくがつきあいのある大学でエンジニアリングを教える先生に相談してみた。

 どういう問題でどう点数がとれていないかを分析してみよう、と言ってくれ、先生のところに息子を連れて行った。過去、試験で点数が良くなかった問題をいくつか示すと、先生はその場で息子に回答を書くように指示した。

 その結果、次のように言われた。

 「頭の中で考えたことを全て、その通りにビジュアライズしてみなさい。ここの計算や条件は書かなくていいだろうと自分で勝手に省略するのではなく、それらすべてを書きだしなさい。それも大きな字で明解に。そうすれば、先生は採点の時に、このところまでは分かっていると判断してもっと点数を上乗せするはずだ」

 これを聞いていて、ぼく自身も色々と考えることがあった。

 数学のテストが最後の回答があっていることもさることながら、その回答に至る道筋が良ければそれなりの点数をくれることは知っていたが、そのための対策を息子にきちんとアドバイスしたことはなかった。正直に告白すれば、そこまで息子の勉強をみたことはなかったのだが・・・。

 そしてぼく自身の仕事の仕方についても思いを馳せる。

 欧州人のビジネスパートナーなどに対して、ぼくはそこまで徹底して自分の考え方を伝えてきただろうか、と。

 10年ほど前、ぼくが盛んに日本の企業の人に言ったことがある。

 「日本のビジネスパーソンはパワーポイントにキャッチフレーズとチャートを示して企画書を作ることが多く、欧州の人たちは、なによりもまずワードに文章を書いて論理の展開を丁寧に記述することを重んじる。したがって欧州でビジネスをする時は、ワードの文章で通じるような企画書を用意するのが良い」

 この10年間で状況が変わり、欧州のビジネスパーソンも以前よりもパワーポイントを企画書に使う場面が多くなった。同時にワードの企画書が減ってきた。

 「デザイン」や「ビジュアル化」がビジネスシーンでキーワードになったからだろうか。あるいは学校でパワーポイントを使い慣れた人たちが社会で活躍するようになったためだろうか。または短時間で即分かることがより重視されるからか。

 それでも日本のパワーポイントの企画書と比較した場合、「なんとなく」の説明が少ない気はする。もちろん業界、職種、能力によってさまざまであるから決めつけることはできないが、言葉であれ図であれ、説明し尽くすトレーニングを背後に感じることは多い。

 そういえば、これは履歴書に小さいアルバイト仕事でも書き連ねる文化に通じるのだろうか。リンクトインで欧州人の履歴を眺めていると、短い期間の仕事であっても、どこで何をしたかが明確になっていると気づく。

 こうした例は「欧州人は自己アピールに熱心だ」という文脈でよく取り上げられるが、ある結果を示すだけでなく、そこに到達する道のりを示す習慣があるとも解釈できる。

 さて、結果を伴わない努力は無意味である、とさえ言いかねない気配を日本のメディアをみていると感じることがあるが、努力という言葉が精神性を表すがゆえに誤解が生じているとも思う。

 つまりステップを踏む、またはプロセスを辿るのを強調することと、精神的な努力が時に混同されている。何事も結果が大事であると言えば言うほど、プロセスが軽視されてしまう

 が、例えばアート作品で一番価値のあるのは、若い時の作品が何十年かを経て今の作品に至った過程を知ることだったりする。アーティストにとって作品集が貴重である所以でもある。

 というわけで、先生に息子の勉強をみてくれている間、ぼくはあらゆることを考えはじめ、もとはといえば息子の数学の勉強のことだとふと我に返るほどであった。

 まったく親自身が「わき見運転」をしているとまた反省する次第。苦笑。(安西洋之)【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』 共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)とフェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

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