金正男氏殺害で日本人の北朝鮮旅行が増加 「恐ろしさを知らない」と元赤旗平壌特派員が絶句

2017.3.5 13:11

 拉致、ミサイル発射や核実験などの懸案事項に対する経済制裁措置として、政府は北朝鮮への渡航を自粛するよう要請している。ところが、日本人による北朝鮮旅行が増えているというのだ。なぜ、彼らは行くのか?

事件以後、むしろ増える

 金正恩政権は外貨獲得のため、数年前から大々的な観光客誘致に力をいれている。

 正恩朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男氏がマレーシアで殺害されてから、まもなく2週間。事件は、そんな彼らの“観光業”にダメージを与えそうだが、この「ならず者国家」に限っては常識とは正反対のベクトルが働くようだ。

 日本人に北朝鮮旅行を斡旋(あっせん)する人物がいる。この人物によると金正男氏の殺害事件以降、旅行についての問い合わせは、むしろ増加している。

 「金正男氏殺害事件は本当にショック。これで北朝鮮のイメージは決定的に悪くなる。でも、なぜか、事件以後、北朝鮮ツアーへの問い合わせは増えています」

 そう話すのは、中国・大連の日本人向け情報サイト「大連ローカル」(http://www.dllocal.com)管理人の慶次郎さん(40)だ。中国や日本の旅行代理店に、日本人の北朝鮮旅行希望者を紹介している。ちなみに「慶次郎」は、ネット上で使っている名前(ハンドルネーム)で本名ではない。

 慶次郎さんによると、13日の殺害事件以後、1カ月数件だった「大連ローカル」への北朝鮮旅行の問い合わせが急増したという。

 「事件後、10日間ぐらいで普段の2倍ぐらいの問い合わせがありました。中には女性の一人旅も。多くの人が北朝鮮には入れないと思っているようですが、実際は旅行代理店を通じて比較的簡単に行ける」

 「お薦めするわけではないですが…」と言葉を付け足す。

 ツアーは北朝鮮国営旅行会社が主催するもので、中国の都市を発着地点として旅行の日程が組まれる。北朝鮮のビザ(査証)は、中国や日本の旅行代理店が代行取得する。このビザは出国の際回収されるため、日本のパスポートに北朝鮮への出入国記録は残らない。

 一人旅であっても、入国から出国まで、監視役も兼ねるとみられるガイド2人と、運転手の計3人が常に行動を共にする官製旅行だ。

20~30代男性が中心

 IT企業勤務だったという慶次郎さんは2003年から中国・大連に住み、昨年日本に帰国した。06年3月にサイト「大連ローカル」を開設し、08年頃、大連の旅行代理店から北朝鮮旅行を紹介してほしいと打診され、掲載を始めた。

 数年間は問い合わせもなく、訪朝者はゼロだった。ところが、2010年に初申し込みがあると、それ以降、ポツポツと問い合わせが増えた。

 いまや大連の日本人向け情報サイトであるはずの「大連ローカル」の全記事で、最も読まれる記事となっているという。

 「大連ローカル」で紹介する北朝鮮へのツアー旅行は、3泊4日のモデルコースで15~18万円程度。旅行客を広告スポンサーである旅行代理店に紹介すると、「大連ローカル」にもメリットがある仕組みだ。「大連ローカル」から、代理店に申し込み中国経由で訪朝した日本人は、6年間で延べ約200人にのぼる。

 年齢層は20代から60代までと幅広いが、インターネットの特性からか、やはり20、30代の若い世代が多い。全体の8割は1人旅での申し込みで、7割は男性だという。

 北朝鮮の鉄道を見てみたいという鉄道ファン▽秘境のような珍しい場所に行きたい▽社会主義国の雰囲気を知りたい▽世界各国を旅しつくし残るは北朝鮮だけになったから-などの好奇心が主な動機だ。

 慶次郎さん自身は、11年と、16年の計2回、中国経由で北朝鮮に入った。

 「13年ごろからスマートフォンなどの持ち込みが緩和された。最初に行ったときと比べると、訪問先や撮影できる対象が広がった。想像したよりは“自由”だった」と話す。

 他の旅行者から受け取ったという写真を見せてもらったところ、専属ガイドとの笑顔の記念撮影やカラオケ、フルーツジュースや牛乳を販売する売店など“未知の国”を楽しんだようす…。

観光気分で行く場所ではない

 大手検索サイトで「北朝鮮旅行」と検索すると結果は2480万件以上に。旅行記のブログなども散見されるが、北朝鮮は日本人拉致や大韓航空爆破事件、核ミサイル開発やテロ事件、さらには住民への人権弾圧など、「ならず者国家」だ。そんな国になぜ行くのか。

 「平和な日本で育ち、北朝鮮の怖ろしさを知らない者ならではの行動」と指摘するのは、ジャーナリスト、萩原遼さん(80)だ。萩原さんは新聞「赤旗」の元平壌特派員で、北朝鮮の圧政の実態に気づき国外追放になった。

 「13歳だった横田めぐみさんが拉致されてから、40年近くにもなる。拉致被害者は何十年も帰りたくても、帰れない。日本人妻も同様だ。すぐに里帰りできると、だまされて北朝鮮に送られた。その人たちのことを考えれば、観光気分で行ける場所ではないことは分かりそうなものだ」。

 在日朝鮮人男性と結婚し1960年代の帰国事業で北朝鮮に渡り、10数年前に脱北した関西在住の日本人女性(77)には、北朝鮮に残した娘がいる。

 「連絡を取りたくても取る手段もないし、会うこともできない。北と関係する人間の行き来は認めず、何も関係ない人たちにだけ門戸を開くなんて」と悔しさをにじませる。

 慶次郎さんは「北朝鮮の人民の生活を知りたいという人が多い。ホテルのエレベータやトイレが日本製だったり、中国の回転火鍋がはやっていたりと、行ってみれば、それなりに北朝鮮の“今”を考えることもできる」とする。

 が、それら現状は、果たして北朝鮮への経済制裁方針を破ってまで、見るべきことなのか…。

 北朝鮮ツアーへの参加は、現政権を利するだけ。北朝鮮には「行けない」のではなく、「行かない」ことだ。(文化部 村島有紀)

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