次々つぶされた晴れ舞台 中国が恐れる北崩壊「レッドライン」は米の軍事行動

2017.9.7 09:49

 中国国防省は6日、ある軍事演習を前日に実施していたことを公表した。

 渤海湾付近でミサイル演習を行ったというのだ。

 「特定の国家を想定して実施したものではない」

 そうわざわざ断ってはいるが、渤海湾から目と鼻の先にあるのが朝鮮半島。有事に備えた演習、あるいは北朝鮮の度重なる挑発に対する軍事的警告か。さまざまな臆測が飛び交った。

 人民解放軍内の北朝鮮への憤りが伝わってくる-。

 5日午後、中国福建省アモイの国際会議センター。習近平国家主席は、閉幕したばかりの新興5カ国(BRICS)首脳会議の成果について「明るい未来を切り開いた」と総括したが、表情はさえなかった。

 最大の政治イベント、共産党大会を10月に控える習氏にとって、ロシアのプーチン大統領、インドのモディ首相らを招いてのBRICSは「大国外交」の成果を誇示する“晴れ舞台”となるはずだった。

 しかし習氏が3日、会議の開幕を宣言する約4時間前に、北朝鮮が6回目の核実験を強行した。世界中のメディアの関心をBRICSから奪っただけではなく、習氏の「対北外交の失敗」を内外に強く印象づける形となった。

 習氏が北朝鮮にメンツをつぶされたのは、この1年間で3度目となる。

 昨年9月5日、杭州で開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議の最終日に、北朝鮮は3発の弾道ミサイルを発射した。

 今年5月14日には、習氏自らが掲げる現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」を宣伝する国際会議の開幕式に合わせるかのように、北朝鮮は再び弾道ミサイルを発射した。

 「北朝鮮は習政権が大きなイベントを行うたびに挑発行為をしてきた。金正恩・朝鮮労働党委員長の本当の狙いは、中国に圧力をかけることではないか」といった見方が、中国の外交当局者の間で浮上している。

 米シンクタンク、ノーチラス研究所のピーター・ヘイズ氏も同じ考えだ。同氏は米紙ニューヨーク・タイムズに、「金正恩氏は、習氏がワシントンに対し影響力を持つ人物だと知っている。北朝鮮と米国の話し合いの仲介役になってほしいとプレッシャーをかけているのではないか」と語っている。

 つまり、相次ぐ北朝鮮の挑発行為は、中国が米朝協議実現のために動かなければ、習氏の顔に泥を塗り続けるという“脅し”の可能性があるということだ。

 トランプ米政権からは「北朝鮮を制裁せよ」と強い圧力をかけられ、米朝の板挟みの状態になっているのが今の習政権なのだ。

 そして習氏に圧力を加えているのは、米朝だけではない。

 北朝鮮による6回目の核実験から一夜明けた4日。

 中国外務省の記者会見で、韓国の記者が「なぜ3日の外務省声明には6カ国協議の語句がないのか」と質問した。

 中国はこれまで、北朝鮮が核実験を強行するたびに、北朝鮮や関係各国に自制を求めると同時に、北朝鮮の核問題を話し合う「6カ国協議」による問題解決の重要性を強調してきた。それが今回の声明では、その「6カ国協議」のくだりが欠落していたのだ。

 想定外の質問を浴びせられた耿爽報道官は、苦笑いしながら答えた。「(声明を)詳細に読み込んでいますね」。そして「6カ国協議に関する中国側の立場に変化はない」と続けた。

 しかし、中国の公式声明からキーワードが理由なく消えることはあり得ない。

 中国の外交関係者によれば、中国が危機回避に向けて水面下で働きかけているのは、米朝に仲介役の中国を交えた新たな枠組みによる対話だという。だが、まだ実現するに至らず、米朝がそれぞれの思惑で習近平政権に圧力をかけている。

 ロシアのプーチン大統領も、中国に強く圧力をかける一人だ。新興5カ国(BRICS)首脳会議の閉幕後、記者団にこう語った。

 「制裁はもう限界に達して効果がない」「北朝鮮は雑草を食べることになったとしても、自国の安全が保障されない限り(核開発の)計画をやめない」

 一見、日米が主導する北朝鮮への制裁強化に否定的な考えを示しただけに映る。しかし外交関係者は、プーチン氏が訪問先の中国でこの発言をしたのは、「日米と同じ行動をとらないよう中国を牽制する狙いがある」と指摘した。

 中国人民大学の北朝鮮専門家、成暁河副教授は海外メディアに「核兵器を持つ北朝鮮より、崩壊した北朝鮮の方が中国にとってリスクが大きい」と語った。

 中国にとって最悪のシナリオは、(1)大量の難民が中国に押し寄せる(2)親米政権が誕生する-事態だ。

 北朝鮮の金正恩政権を崩壊させかねない石油禁輸に反対する背景には、こうした事情がある。同時に習氏は、10月の共産党大会で権力基盤を固めるまで、米中関係の決定的対立も避けなければならない。

 このためプーチン氏の牽制にもかかわらず、米国に譲歩し「石油の輸出制限には応じる可能性がある」(外交筋)とも指摘される。

 金政権の崩壊を望まない習政権にとって、レッドライン(越えてはならない一線)の対象は北朝鮮ではない。「米国が金政権の転覆を目指す軍事行動を起こしたときだ」との見方が専門家の間で広がっている。

 北朝鮮が核実験を行った翌4日付の人民解放軍機関紙、解放軍報に装甲車が渡河する訓練写真が掲載された。朝鮮有事への対応を連想した外交関係者もいる。

 米国が政権転覆の軍事行動を起こすとき、中国軍が鴨緑江を渡河し、北朝鮮領に進軍するという選択を習氏がするのか。トランプ米政権が見極めたいのはこの一点かもしれない。(北京 藤本欣也)

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