【高論卓説】マーケットの鵺になった日銀 ETF残高が膨張、リスクも危険水域

2019.8.28 06:00

 日本銀行の上場投資信託(ETF)買いが続く。8月も先週末までに1日当たり707億円の買いを7回、途中経過ながら月間で計4949億円買い付けた(設備投資・人材投資に積極的に取り組む企業を支援するためのETF買いを除く)。株式相場の繁閑、上げ下げの変動を勘案することもなく、年間6兆円の買い入れ枠を均等配分で消化するかのような機械的な買い方だ。

 日銀のETF保有残高は20日現在で26兆8868億円に膨らんだ(簿価、営業毎旬報告)。東証1部の時価総額574兆円余に占める比率は4.7%となった。2年前の2017年8月。日銀のETF保有残高は15兆731億円で、東証1部の時価総額600兆円弱に占める比率は2.5%だった。株価指数の水準が2年前とほぼ同じだったため、日銀の市場における存在感は増した。

 日銀が今後も年6兆円のETF買いを続けたら。相場水準が横ばいで推移するとして、東証第1部の時価総額に占める保有比率は年に1%のペースで上昇する。5年後には簿価ベースで10%に迫る。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が発表した18年度運用実績によると、同法人の19年3月末の保有国内株式の時価総額は38兆4122億円。東証1・2部合計の時価総額に占める比率は6%強だった。日銀は今後1~2年以内にもGPIFを上回り、ETFを通じた間接保有ながら日本株の国内最大の“大株主”となる。他の国に例をみない異質の中央銀行だ。

 鵺(ぬえ)。平安時代末期の武将の源頼政が紫宸殿(ししんでん)上で射取った伝説上の怪獣だ。頭は猿、胴は狸(たぬき)、尾は蛇、手足は虎に、声はトラツグミに似る。「転じて、正体不明の人物やあいまいな態度にいう」(広辞苑)。日銀はマーケットの鵺とも映る。機関投資家なら取得する銘柄を選び、成長性、財務内容などを調査・分析する。保有銘柄を売り買いする。GPIFは保有銘柄名の一覧、保有株数、時価を開示する。しかし、日銀は機関投資家ではない。買うのは株価指数連動型のETFだけ。組み込まれる銘柄は玉石混交、銘柄名、株数も明かさない。買ったら、持ちっ放し。日銀はETF買いを資金運用ではなく、超金融緩和策の一環と位置付けるからだ。出口戦略はもとより、買い入れ期間、買い入れ額の増減方針も示さない。あいまいな態度は鵺に似る。

 市場関係者の日銀評も変わった。日銀がETFを買い始めたのは10年12月。当時の日経平均は1万円を下回っていた。買い増しを続け、日経平均がバブル崩壊後の戻り高値2万4200円台を付けた18年10月までは「日銀のETF買いは相場の救世主。底割れを防ぎ、下値を押し上げた」と褒めそやされた。しかし、相場が膠着(こうちゃく)し、東証1部の1日当たり売買代金が2兆円に満たない薄商いが続く最近は手のひら返しでウラミ節をぶつける向きが増えた。「日銀のETF買いは下値整理の進行を阻害し、市場から自律性とダイナミズムを奪っている」「外国人投資家は日銀の実質保有比率が高い銘柄を嫌う」といった声を聞く。

 日銀のETF買いは膨らめば膨らむほど、浮動株の吸収を通じて株価形成のゆがみを大きくする。日銀の担当者も後始末の苦労が増す。中長期の投資家は「日銀がいずれETFの放出に転じたら相場は急落」と警戒し、市場から遠のく。日銀のETF買いは効用より、副作用が大きくなる領域に踏み込んだ。

【プロフィル】加藤隆一

 かとう・りゅういち 経済ジャーナリスト。早大卒。日本経済新聞記者、日経QUICKニュース編集委員などを経て2010年からフリー。東京都出身。

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