切迫感なくても…「イギリス抜き」時代へ動き出すEUの懸念

2019.9.22 09:02

 フランスが誇るワイン産地ボルドーは、15世紀まで約300年、英国王の支配下にあった。英貴族の飲み物としてワイン輸出が奨励されたのが、世界的ブランドになる始まり。今も多くの英国人が業界を支える。(三井美奈)

 「うちの出荷先は6割が英国。欧州連合(EU)からの離脱はそりゃ、困りますよ。でも、ここでやっていくしかないからね」。収穫期を迎えたブドウ畑で、農園主のギャビン・クイニーさん(59)はこう言って、笑った。元はロンドンの会社員で、夢だったワイン造りを始めて20年。今は年間20万本を生産する。

 「合意なし離脱」となれば税関が混乱し、出荷に何日かかるか分からない。それでも、「英国の需要は変わらない。いざとなれば、日本やスイスで販路を開拓する」と割り切っている。

 離脱論議で大揺れの英国をよそに、EU側は不思議なほど切迫感がない。

 対岸のフランスやオランダは離脱の打撃が最も大きいはずだが、「いっそ『合意なし離脱』してしまえ」の声が結構ある。仏経団連は今月初め、「これ以上、離脱を先に伸ばすな」と提言。オランダのカーフ貿易相は「もうたくさんだ。先の見えない不安が続くより、損害に対処する方がいい」と蘭紙で述べた。

 もちろん、EUも混乱は回避したい。もはや離脱が不可避なら、関税同盟型の経済関係を維持して、軟着陸させるしかない。それがメイ英前政権と合意した、北アイルランドの国境管理策である。

 英政府の予想によると、「合意なし離脱」となれば最悪の場合、英仏海峡の貿易は現在の40%に減少する。英国は生鮮食品や医療品が不足し、輸出するEU側にも当然、大損が生じる。EUに今ひとつ危機感が乏しいのは、これだけ英EUの関係が深い以上、双方が危機打開に動く余地がまだあると見るからだ。

 一方でEUは、「英抜き時代」の体制固めを急ぐ。11月には、フォンデアライエン委員長が率いる新たな欧州委員会が発足する。英仏独の3国均衡が崩れ、メルケル独首相の指導力が陰る中、若いマクロン仏大統領が主役に躍り出つつある。持論のEU改革を進め、イラン危機やロシア外交で欧州の主導権を握ろうという野心が見える。

 EUの懸念は、ジョンソン英首相が強行離脱という「はったり」を利かせすぎて、自縄自縛に陥ることだ。ブリュッセルにある欧州政策センターのファビアン・ズレーグ所長は、「ジョンソン氏は『われわれの真剣な提案に、邪悪なEUが応じない』と英国民に示したいだけ。現実には、EUへの具体的提案はない」と喝破する。英国がEUに残ったまま、ジョンソン氏が総選挙で勝利すれば、「民意」を盾にEUに強硬に譲歩を迫るのは確実。EUには、「合意なし離脱」以上に嫌なシナリオになる。

 英国がEUを抜けても、英国人は残る。EUでは滞在国に国籍申請する英国人が急増中で、クイニーさんも10代の2人の子供の仏国籍を申請した。「私は英国人。彼らは欧州人として生きるでしょう」と話す。

 英仏100年戦争やナポレオンの大陸封鎖など、欧州史は英国と大陸の攻防に彩られてきた。英国を切り離すのは、政治家たちが言うほど簡単ではない。英国人自身が、それを最もよく知っている。

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