銀証の“壁”めぐり独立系証券と銀行系証券がバトル 30年ぶりの大改革となるか

2020.11.27 06:00

 【経済インサイド】

 同じグループの銀行と証券会社の業務を隔てるファイアウオール規制(銀証の壁)の見直しに向けた議論が動き出した。銀行系証券会社にとっては顧客への提案力向上につながる「長年の悲願」だが、独立系証券会社は「不利になる」と危機感を抱く。規制改革を強力に推進する菅義偉(すが・よしひで)政権下で、金融分野では目玉となる案件だ。新型コロナウイルス禍の打撃を受け、金融の助けを必要としている企業や家計にとっても見逃せない話だ。

 ファイアウオール規制は、同一グループの銀行と証券が顧客情報を共有することを顧客の同意がある場合を除いて原則禁じている。資金の貸し手である銀行による優越的地位の乱用や預金者と投資家の利益相反を防ぐため、金融商品取引法に基づいて厳しく制限されている。

 もともと平成5年、銀証の相互参入の解禁とともに導入された。段階的に緩和され、店舗の共用のほか、銀行の証券仲介業への参入、役員の兼職などが認められた。

 顧客情報の共有が解禁されれば、およそ30年ぶりの大改革となる。政府が7月にまとめた成長戦略に、規制緩和の検討が盛り込まれたことを受け、麻生太郎金融担当相の諮問機関である金融審議会の作業部会で10月から具体的な議論が始まった。

 これまでに、海外法人顧客の情報の取り扱いに関しては、米国やドイツなど諸外国の水準に合わせて規制を緩和する方向でおおむね一致した。一方、国内顧客については銀行系と独立系で意見が対立したままだ。

 銀行系にとっては、同意書への署名と押印のために面談の時間を確保することは顧客に不便をかける上、事業承継やM&A(企業の合併・買収)などの相談を受けても素早く対応できない問題がある。情報管理のコストも負担となる。

 ファイアウオール規制の撤廃について、全国銀行協会の三毛兼承会長(三菱UFJ銀行頭取)は「顧客の不便が解消され、マクロ経済の観点からも企業、家計と資本市場の橋渡しが一段と進むことになるのではないか」と期待する。

 これに対し、野村証券など独立系証券6社で作るグループは「顧客が情報を共有されることを望んでいない事例が多数存在する」と指摘する。

 また、大和証券グループ本社の佐藤英二最高財務責任者(CFO)は「メインバンク制がある日本は欧米諸国と比較しても銀行の優越的地位が強い」と語り、顧客の意向確認の必要性を強調する。

 両者とも一歩も引かない状況だが、情勢は銀行系の方がやや優勢だ。

 そもそも自民党金融調査会が5月にまとめた提言では、海外顧客情報のみが検討対象となっていたのが、6月に出した成長戦略案では「国内顧客を含めたファイアウオール規制の必要性についても公正な競争環境に留意しつつ検討する」の一文が追加された。「銀行界の猛烈なロビー活動があった」というのがもっぱらの噂だ。

 銀行系の発言力が強くなったのには、いくつか理由がある。

 まず、規制が導入された当時と銀行界を取り巻く環境が激変した。当時の銀行はバブル経済崩壊で多くの不良債権を抱え、立場が弱かったが、今はかなり財務が健全化されている。株式の持ち合い解消を進め、取引先企業への役員派遣も減らし、優越的地位乱用の疑念の払拭に努めてきた。

 日本銀行の大規模金融緩和が長期化し、預金に支払う利息と貸出で取る金利の差で稼ぐことが難しくなっている点も、銀行界の意見を通りやすくしている。

 一方、証券界は独立系と銀行系以外にも、外資系、インターネット系と業態がバラバラだ。しかも大手5社のうち独立系は野村証券と大和証券のみ。本来は業界団体である日本証券業協会が議論を先導する立場にあるが、会員企業各社に配慮して動きにくい点も銀行界に有利に働く。

 ただ、両者の主張には共通項もある。「顧客の保護」や「顧客の利便性」という言葉だ。金融庁が重視する「顧客本位の業務運営」を意識したものだ。

 三菱UFJモルガン・スタンレー証券の荒木三郎社長は「優越的地位の乱用や利益相反を防ぐためにも、罰則強化は必要だ」と語る。

 ある業界関係者は「金融庁も両者の意向をくみ取って落としどころを探っているようだ」と話す。

 ファイアウオール規制の緩和が実現すれば、銀行グループには飛躍のチャンスになる。「銀行主導で証券業界再編が進む」との観測も浮上する。(米沢文)

閉じる