【Bizプレミアム】緊急事態宣言“再発令”企業はどう乗り切る? 危機管理専門家の見解は

2021.1.9 06:00

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い緊急事態宣言が発令された。東京商工リサーチによると、負債額1000万円以上の飲食業の倒産は昨年、年間最多となる842件に上る。景気の先行き不安が一層強まる中、企業や個人事業者はこの「緊急事態」をどう乗り越えればよいのか。危機管理に詳しい日本大学危機管理部の福田充教授に聞いた。

タブーを恐れず受容リスクの議論を

――東京、埼玉、千葉、神奈川の4都県を対象とした今回の緊急事態宣言は、飲食店への営業時間の短縮要請が柱ですが、飲食店に限らず、多くの事業者がぎりぎりの経営を続けています。経済活動と感染対策のバランスを取らなければならず、難しいかじ取りを迫られた中での発令となりました。

福田教授:

 飲食業は大手のチェーン店ではない限り、個人事業主の方が多いと思います。そうした小さな飲食店は資金繰りが悪化すると立ち行かなくなります。その支援を十分行わなければ、この1カ月間を乗り切るのは難しいでしょう。1カ月が経過した後もコロナの影響が続くことを考えれば、中長期的に支援策が必要です。一般企業も同様で、この緊急事態宣言が発令されているこの1カ月ではなく、その後も続くコロナとの戦いを見据えた対策を考えなければなりません。さまざまな経済活動をどう回していくのかと考えたとき、その方法は2つしかないと思っています。

 1つ目は、経済政策とコロナ対策のバランスを取りつつ、うまくハンドリングしていくということです。コロナ禍の長期化、アフターコロナの社会に適応するため、テレワークやワークシェアリングを進めるとともに、社会全体の「デジタルトランスフォーメーション(DX)」をさらに推進することが不可欠です。

 ただ、これは非常にきれいごとで、テレワークやDXが通じる業種は限られます。現場を持っているエッセンシャルワーカー(生活必須職従事者)はもちろん、必ず人と向き合わなければいけない仕事も少なくありません。例えば医療現場もそうですし、介護や保育などもリモート化が難しい業種です。リモート化ができない事業者は、今まで通り、感染リスクと隣りあわせの現場でコロナと戦っていかなければなりません。そうした現場では、感染症対策を徹底しながら、戦術的な対応しないといけないのです。

 2つ目は、新型コロナというものを、日本人として、日本社会として、どう受け入れていくのかということです。つまり「アクセプタブル・リスク(受容リスク)」とどう向き合っていくのか、ということです。季節性インフルエンザはすでにアクセプタブル・リスクとして、社会に受容されています。もちろん、そうなったのは医療の進化や医療体制の拡充があったからですが、コロナもいつか、その段階までもっていく必要があります。そうしないと、いつまでたっても、新型コロナウイルスだけは特別という状態が今後も数年は続いてしまうことになります。

 自動車や原子力発電所のリスクと同様に、受容可能なリスクについて、しっかりと議論を重ね、合意形成をしていく時期が来ていると思います。経済はマインドです。いつまでも自粛ムードが続けば、マインドが冷え切ってしまい、実体経済は冷え込み、中長期的には投資や株式にも影響を与えます。その議論ができなければ、経済が根本的に死んでしまいます。経済が死んだら社会が死にます。

 何としても経済を回していかなければなりません。コロナのリスクはどこまで受容できるのか。このタブーを恐れず、企業側が政治に働きかけて国民全体で議論をしていく必要があると思っています。

危機を乗り越えるための3つのポイント

――企業や個人事業主は、この危機をどう乗り越えていけばよいのでしょうか。

福田教授:

 コロナ禍でいかに企業活動を継続していけばよいのか。その方法は3つあります。

 1つ目は、BCP(事業継続計画)とBCM(事業継続マネジメント)です。今回のような危機でも事業を継続できるように事前に行動計画を立てておき、実際にBCPを運用できるような態勢を整えておく必要があります。それがBCMです。グローバル経済が揺らいでくると、グローバルのサプライチェーン(供給連鎖)が切れる恐れがあります。感染対策を強化しながら、サプライチェーンの見直しと、業務のリモート化を進めておく必要があります。

 2つ目は雇用と就業形態です。業務を継続するためには人件費を抑制しなければならず、どこまで雇用を守れるのかという問題も生じます。そこにはシビアな経営判断も必要になってきます。雇用を守るために就業形態をどう変えていけばよいのか。テレワークなど業務のリモート化を推進すると同時に、ワークシェアリングも検討しなければなりません。働き方を根本的に変えていかないといけないのです。

 3つ目が、人々の消費行動の活性化です。商品を買う人がいなければ意味がありません。輸送業で言えば、利用者がいなければ意味がないのです。コロナ禍であろうとも、魅力的な商品を買ってもらい、消費してもらう工夫が必要になります。

――家具大手のニトリホールディングスなどコロナ禍に伴う「巣ごもり需要」の高まりで業績を伸ばした企業もあります。

福田教授:

 そうした「巣ごもり需要」にうまく対応できるかということも重要です。消費者のマインドを冷えさせない商品開発力が問われています。飲食店であれば、「テイクアウトメニュー」の開発などが当てはまります。ウィズコロナ、アフターコロナの社会に適応した商品開発にシフトする必要があります。企業によっては、消費者のマインドの変化に合わせた業態に変容することも求められることになります。

 ただ、経営者にとっては、いつまで我慢すればよいのか、という問題もあります。経済界と政府が連携しながら、今後のロードマップとタイムスケジュールを示していく必要があります。

遅きに失した緊急事態宣言

――西村康稔経済再生担当相は経団連と日本商工会議所、経済同友会の経済3団体代表とのオンライン会談で、テレワーク推進による出勤者7割削減を要請しましたが、今回の緊急事態宣言は、国民生活を幅広く制限した昨年春の宣言と異なり「限定的、集中的」な措置となっています。この点はどう評価していますか。

福田教授:

 今回の緊急事態宣言の特徴を言えば、それは「戦術的な使用」です。緊急事態宣言は出すが1都3県に限定したうえで、飲食店を中心に規制しています。昨年4月の緊急事態宣言のような学校の休校もありません。人と人の接触機会を「最低7割、極力8割」減らすとした前回とはだいぶ様相が異なります。

 本来は、前回のように厳しい社会規制を伴う緊急事態宣言が通常の使い方ですが、今回は戦術的に効果を発揮させようとして、手軽に宣言を使っている印象を受けます。今回の宣言による効果は限定的になるものと思われます。感染者数、重症者数をドラスティック(劇的)に減らすのは難しいのではないかと思います。

 菅政権は感染防止対策とともに経済活性化、再生に比重を置いてきました。観光支援事業の「Go To トラベル」や飲食業界を支援する「Go To イート」がそうです。感染症対策と経済活性化という「車の両輪」を進める戦略、戦術を続けてきたのです。感染状況が落ち着いているときは経済を回し、感染が拡大してきたらその対策を強化する。こうしたハンドリングを取るという方法しかなかったのです。日本の状況を大きくとらえれば、それしか取る道はなかったと思います。このスタンスは今後も崩せないでしょう。

 ただ、緊急事態宣言を出すタイミングとしては、発令するのであれば昨年12月の初旬が適当であったように思われます。12月中旬から年末年始の行動抑制をすべきだったのは明白です。経済を回すことを主軸に置いていたので判断が遅れたのだと思います。

 感染症対策の原則は、「早く・強く・短く」。この3つが大事なのです。緊急事態宣言を早く出せば出すほど、短い期間で効果を発揮し、そのタイミングが遅くなればなるほど、問題は長期化するのです。

――菅首相は「1カ月後には必ず事態を改善させる」との決意を表明しましたが、危機管理の観点から言えば、宣言を出すタイミングが遅かったということでしょうか。

福田教授:

 今回の緊急事態宣言のタイミングとしては遅きに失したように思えます。今の状況は「遅く・弱く・長く」という結果になるのではないかと懸念しています。これは先ほど言った原則とは真逆の方向です。菅首相は「日本でも2月下旬までには何とか(ワクチンを)接種したい」と言っていますが、ワクチンの供給が始まるまで、弱めの規制で、だらだらと続けていく戦術を取っているようにも見えます。

 そうなれば、経済全体に大きなダメージがあります。経済への影響を最小限にするためには、強い規制を短く敷くことが大切です。そして、短い期間で発生した経済的損失を補償していく。手厚い補償をしても、その対象の期間は短くて済みます。それが経済合理性につながるのではないかと思います。

 「遅く・弱く・長く」という戦術では、補償とセットであっても、基礎体力のない事業者は耐えられない恐れがあります。

最悪の事態を想定するのが危機管理

――西村経済再生担当相は宣言解除の目安の一つとして、東京都の場合は新規感染者が1日あたり500人程度まで下がることを挙げています。

福田教授:

 仮に新規感染者が1日あたり500人程度になり、その段階で解除したとしても、またすぐに感染が拡大する恐れがあります。そうなったらまた、3月にも緊急事態宣言を出さなければいけないという事態になりかねません。こういった中長期的に繰り返していくつもりなのでしょうか。政府がどこまで戦略的に考えているのか、この点は疑問を持っています。「1カ月は我慢してください」と言いながら、また場当たり的ともいえる戦術的な緊急事態宣言を出さなければいけなくなるかもしれません。

 例えば、医療従事者を対象にワクチンの接種を2月下旬から始めたとして、3月からは高齢者、4月からは基礎疾患を持っている人と対象を広げていくと、一般の成人全体を考えたときに、いつ接種が終わるのか、というのがあります。そのころにはまた、感染力の強い別の変異種が出ているかもしれません。最悪の事態を想定するのが危機管理です。その観点で言えば、ワクチンの接種開始が緊急事態宣言の解除、そして経済活動の再開へとつながらないかもしれないのです。

 飲食店だけでなく、あらゆる企業にとって、この状況がいつまで続くのか分からないというのが現状です。事業を継続しようにも資金繰りも立たず、いつまで我慢すればよいのかという先が見通せない状況が続いています。企業や個人事業主が中長期的な計画を立てられるよう、政府には具体的なロードマップを示してほしいと思っています。

福田充(ふくだ・みつる)

 日本大学危機管理学部教授、同大学院新聞学研究科教授。兵庫県西宮市生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。内閣官房委員会委員、コロンビア大学戦争と平和研究所客員研究員などを歴任。著書に『メディアとテロリズム』(新潮新書)、『リスク・コミュニケーションとメディア』(北樹出版)、『大震災とメディア~東日本大震災の教訓』(北樹出版)など。内閣官房・新型インフルエンザ等対策有識者会議メンバー。

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SankeiBiz編集部

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