【疾風勁草】菅義偉総理は「東京五輪実施」の意義を明確に 中華人民共和国は“勝ち組”か

2021.6.14 06:00

 独裁主義国家の対極にある日本

 最近、英米から、新型コロナウイルスは武漢のウイルス研究所から流出したとする説が再び主張されてきている。しかし、当の中華人民共和国は他国に先駆けて新型コロナの蔓延を終息させたと称し、経済活動も再開させているばかりか、自国産ワクチンを他国に提供し、それによって自国の影響力を拡大しようとしている。

 欧米の民主主義国においては、ワクチン接種が進んだ最近でこそ、新型コロナの蔓延が収まりつつあるが、公表数値で見る限り、中華人民共和国に比べ、感染者数、死者数ともに圧倒的に多い。

 それらの状況を見ていると、まるで、新型コロナとの戦いにおける勝ち組は中華人民共和国のように思えてくる。一部からは独裁主義あるいは権威主義の方が、効率的かつ効果的に危機に対処できるという点で民主主義に勝っているという意見も出てくるであろう。

 一方、日本は、憲法に非常事態条項を持たないため、非常事態、緊急事態においても国民の人権を制約することが難しい。いわゆる特別措置法においても、当局は、各種の要請が出来るにすぎず、その要請に応じなかった場合でも刑罰を科すことはできない(「過料」は行政罰であって刑罰ではない)。

 その意味では、日本は、独裁主義国家、権威主義国家の対極にあると言ってもよい。このように、極めて「緩い」制度しかない国でありながら、その感染者数、死者数は欧米諸国に比べれば圧倒的に少ない。

 ただ、「緩い」制度故(ゆえ)に、政策の徹底を欠くことになり、今は3度目の緊急事態宣言下にある。そして、7月23日にはオリンピックを、8月24日にはパラリンピックを迎えようとしている。当然のことながら、オリンピック・パラリンピック中止を求める声が上がっている。

 その主な理由として、海外から多くの選手や関係者が入国したり、観戦のために国内の人流が増えたりすることによって国内における新型コロナ(ことに変異株)の蔓延が加速される虞(おそれ)があること、それによって国内の医療体制がより一層逼迫する虞があることなどが挙げられている。

 それに対し、菅義偉総理は「安心、安全な五輪を行う」と繰り返すだけで、この時期に東京でオリンピック・パラリンピックを開催する意義を積極的に説こうとはしない。

民主主義の強靭さ示す大会に

 もし、新型コロナ蔓延を理由に東京五輪・パラリンピックが中止されれば、危機対応においては、時として人権抑圧を躊躇(ちゅうちょ)しない独裁主義、権威主義の方が、人権を重視する民主主義より優れていると言われかねない。

 オリンピック・パラリンピックの開催を引き受けた以上、それをやり遂げることは、そのときのために鍛錬に鍛錬を重ねてきた各国の選手達、その鍛え抜かれた技の数々が生み出すであろう感動の一瞬を期待している世界中の人々、そういう全世界の人々に対する責務でもある。

 もちろん、新型コロナ蔓延を理由にオリンピック・パラリンピックの中止を求める意見にも十分な理由はある。しかし、昨年と異なり、今は、ワクチンの接種も進みつつあり、PCR検査の態勢も充実されつつある。

 それを考えれば、国民が気持ちと力を合わせ、知恵を出し合えば、新型コロナの蔓延を押さえ込み、無事にオリンピック・パラリンピックを行う途(みち)が見つかるのではないか。

 そのためにも、菅義偉総理が、この時期にオリンピック・パラリンピックを開催する意義や必要性を力強くかつ明確に訴えかける必要がある。その上で、新型コロナ蔓延を防止するために必要かつ十分な施策が具体的に説明されれば、多くの国民は納得するだろう。

 日本のように人権に配慮し「緩い」規制しかしない国であっても、新型コロナの蔓延をコントロールし、無事にオリンピック・パラリンピックが実施できれば、民主主義の強靱(きょうじん)さを示すことにもなるだろう。

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高井康行(たかい・やすゆき)

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弁護士、元東京地検特捜部検事

1947年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、1972年に検事任官。福岡地検刑事部長、東京地検刑事部副部長、横浜地検特別刑事部長などを歴任した。岐阜地検時代には岐阜県庁汚職事件を、東京地検特捜部時代はリクルート事件などを捜査。福岡地検刑事部長時代、被害者通知制度を始める。1997年に退官し、弁護士登録。政府の有識者会議「裁判員制度・刑事検討会」委員を務めたほか、内閣府「支援のための連携に関する検討会」の構成員や日本弁護士連合会の犯罪被害者支援委員会委員長などを務めた。テレビや新聞でも識者として数多くの見解を寄せている。

【疾風勁草】刑事司法の第一人者として知られる元東京地検特捜部検事で弁護士の高井康行さんが世相を斬るコラムです。「疾風勁草」には、疾風のような厳しい苦難にあって初めて、丈夫な草が見分けられるという意味があります。アーカイブはこちらをご覧ください。

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