【田中秀臣の超経済学】“河野首相”と“雨宮日銀総裁”が招く停滞 最低保障年金に驚愕した2つの理由

2021.9.28 12:00

 自民党の総裁選は、まもなく決着する。高市早苗、岸田文雄、河野太郎、野田聖子の4氏の競争だ。各種の世論調査をうけて、どの候補も過半数に達しないとする見方が強まり、総裁選終盤の焦点は上位2名の決選投票での行方に絞られてきた。もし決選投票になれば有力な組み合わせは「高市・河野」か「岸田・河野」のいずれかだろう。

 この種の予想を面白おかしく解説するのは筆者の守備範囲ではないが、前者の場合は河野氏が優勢で、後者は岸田氏が優勢だとする論評がある。あるいは前者のケースで高市氏の当選を予想する人たちもいて、実際にはどうなるか最後までわからない。

 もっとも保守系の一部は熱狂していて、高市総裁=首相の誕生を当然視している。その熱狂の度合いは、まるで前回のアメリカ大統領選挙で不正が行われ、バイデン氏に敗れたトランプ氏こそ当選したのだと主張する雰囲気と似てもいた。鳥海不二夫東大教授はTwitterを分析し、「アメリカ大統領選挙は不正選挙だった」とするツイートをリツイート(引用)したアカウントの56.6%が、高市氏を支持するツイートをリツイートしたアカウント「高市派」だとしている。

 日本の首相を決める総裁選なので、ある程度の過熱はやむを得ない面もある。もちろん他人に迷惑をかけないことは、「大の大人に言う事じゃないよな」(by藤岡弘、)。高市氏も自身のTwitterで、一部の支持者の行き過ぎを諭したのは見識だ。

しかし、悲しいことに私の元に、高市支持者が他候補への政策批判を超えた罵詈雑言を発する行動があると多数報告を受けております。総裁選は議論していく場でもあり、例え正反対の意見であっても尊重しあう場です。各候補者も、その支援者も決して敵ではありません。

(高市氏のTwitterより)

 また、高市氏の反緊縮的なマクロ経済政策の主張に関しては、筆者も長年同じことを唱えてきたので、全面的に賛成である。総裁選は自民党の中での争いだ。いわば“ブレインストーミング”や理想論を戦わせているともいえる。実際に政策として実現できるかどうかは、総裁や首相になってからの本人の政治的実行力に大きく依存する。ただ、与党の総裁を決める過程で、マクロ経済政策がその主要な論点になったことは歓迎したい。

 岸田氏も高市氏同様に、積極的な財政政策と金融政策の堅持を表明しているので、ようやく世界の経済政策の潮流である反緊縮政策が政治の中核になってきた。最近でも低インフレに悩むユーロ圏では、欧州中央銀行(ECB)がインフレ目標を引き上げ、また環境投資を支える積極的な政策スタンスに転じている。

 アメリカでもトランプ政権、バイデン政権と積極的な財政政策と金融政策の協調は強化されている。21世紀の今日は、反緊縮的な財政と金融政策が、世界的標準になっている。この点は、浜田宏一イエール大学名誉教授による『21世紀の経済政策』(講談社)を読めば明瞭だろう。

 だが、20世紀型の古い経済政策観も健在だ。現在の日本のような総需要不足(=おカネの不足)経済に対して、社会保障制度などの効率化や規制緩和、あるいは中小企業の淘汰(とうた)などで対応しようという人たちだ。

 いわば小泉純一郎政権の初期に「構造改革なくして景気回復なし」としていた構造改革中心主義者である。国民のおカネが足りない時に、構造改革を持ち出してもなんの解決にもならない(参照:野口旭・田中秀臣『構造改革論の誤解』東洋経済新報社)。

■露骨な「財務省の影」

 残念ながら、今回の総裁選でもこの構造改革主義を唱える候補がいる。河野氏と野田氏だろう。野田氏には申し訳ないが、総裁=首相になる見込みはないので割愛させていただく。河野氏は全額税方式の最低保障年金創設構想を提起した。正直、この提案には驚いた。

 驚いた理由は、一つは全額税方式の背景に、露骨なほど財務省の影がみえることだ。構造改革主義の司令塔や実行部隊が、財務省であることは素朴に観察してもわかることだろう。財務省の好む消費増税路線に完全にはまっている発想だ。討論の場で岸田氏が「財源が消費税なら経済そのものに打撃を与える」とけん制したのは正しい。反緊縮政策では高市氏ばかりクローズアップされるが、岸田氏もかなり変化したな、という印象だ。

 驚いた第二の点は、全額税方式の最低保障年金創設構想というものを、小泉政権の時に熱心に主張していた人物を改めて思い出すからだ。不良債権問題に対応するために竹中平蔵金融・経済財政担当相(当時)がリードした、金融分野緊急対応戦略プロジェクトチームの一員だった木村剛氏だ。木村氏は、河野氏と同じ全額税方式の最低保障年金創設構想(に加えて旧来の年金制度からの脱退権)を提起していた。

 筆者はこの木村氏の提案を、旧著『経済論戦の読み方』(講談社現代新書)の中で詳細に批判した。もちろん木村氏は今回の総裁選にはまったく関係ない。単に河野氏の提案との類似を指摘しただけである。河野氏が、小泉政権の骨格であった構造改革中心主義(20世紀型の誤った経済思想)の継承者であることは、こんな点にも表れているのかもしれない。

 現在のインフレ目標が堅持されるかぎり、誰が総裁になってもマクロ経済政策は変わらないという意見もある。だが、これはあまりにも楽観的だろう。例えば、そのインフレ目標を採用している日本銀行は、2023年春に総裁・副総裁人事を行う。その前の22年春には、リフレ派の片岡剛士委員の交代時期も来る。

 ここでガッツのある反緊縮派の日銀首脳が選出されず、例えば安倍政権前までは頻繁に行われていた「たすきがけ人事」で、財務省出身の黒田東彦総裁から日銀プロパーの総裁が生まれるとしたら最悪である。なぜなら、ほぼ「日銀プロパー」=緊縮だからである。

 その代表者は現在の副総裁の雨宮正佳氏だ。仮に“雨宮総裁”になれば、その瞬間に日本の反緊縮政策の可能性は潰えるだろう。そうならないためには政策委員、そして正副総裁人事で、新政権が責任をもってきちんと反緊縮スタンスの人材をあてがわなければならない。

 仮に河野氏が総裁=首相になった時に、財政政策での緊縮スタンスだけではなく、金融政策でも緊縮スタンスの可能性がでてくることが否定できない。そもそも河野氏はマクロ経済政策に関心がない。空洞の人である。その空洞を反緊縮政策で埋めないかぎり、日本はいつまでも前世紀で停滞したままになる。

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田中秀臣(たなか・ひでとみ)

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上武大ビジネス情報学部教授、経済学者

昭和36年生まれ。早稲田大大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『経済論戦の読み方』(講談社現代新書)、『AKB48の経済学』(朝日新聞出版)など。近著に『脱GHQ史観の経済学』(PHP新書)。

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