【トップの素顔】渡邊五郎 三井物産元副社長(1)
更新◆忘れられない言葉
私の地元、土佐といえば坂本龍馬です。龍馬の日本を変革しようとする未知なるものへの挑戦と、亀山社中を興し、新しい物を取り入れた進取の精神に憧れ、常に私の座標軸となり、指針を与えてくれました。
龍馬が創った亀山社中や海援隊は、まさに総合商社の原型。すぐれた経済人であり国際感覚を備えた龍馬が現代に生きていたら、世界を股に掛けた腕っこきの商社マンになっていたに違いないと思います。
私も幼い頃から眼前の土佐湾の先に広がる太平洋を眺め、いつか世界に雄飛したいと気持ちを駆り立てられました。大志を抱いて上京して、外交官になる夢はかなわなかったけれども、商社マンとなって世界を飛び跳ねてきました。龍馬の人生も冒険だったと思いますが、三井物産の課長時代にお付き合いいただいたタマ化学工業の玉井喜八社長から教えていただいた言葉が忘れられません。
「人生を真面目に生きるということは冒検をし続けることである。生きるということが冒検なのだから」
この冒検の検は●(こざと)偏ではなく木偏の検であります。決して無謀な博打(ばくち)を打つことではなくリスクをとって真面目に生きる尊さを厳しく教わりました。
高知では、けんかばかりしているわんぱくな子供を「けんかざき」と呼びます。まさに私は、けんかざき。幼少時代はもちろんのこと、商社マンになっても、向こう傷だらけ。これも剣術に強い龍馬への憧れからですが、少し度が過ぎたかもしれません。
わんぱくで、けんかっ早くて勝負事が大好きで、「けんか五郎」や「暴れん坊」とネーミングされてきましたが、心の底ではずっと「平成の龍馬」たらんと憧れて生き抜いてきました。そんな私の半生記をお話ししていきます。(聞き手 廣瀬千秋)
●=阿の可を取る
