慢心や奢り…三菱自の闇は深すぎる 池田直渡氏が試乗を“封印”し続けた理由
配信元:PRESIDENT Online 更新三菱自動車の記事を“封印”していた理由
筆者は三菱自動車のクルマについては原稿を書かないことに決めていた。「封印」と言ってもいい。それは、2002年に2件の死亡事故という最悪の結果を引き起こしながら、その後も懲りずに隠蔽を続けた、三菱の体質に根源的な疑いを持ったからだ。
最終的な決め手となった事件について書いておきたい。一連のリコール隠し問題がひとまずの決着を見た2005年、三菱は新型車アウトランダーを発売した。当時筆者は自動車雑誌の編集部にいたが、アウトランダーの発表会から激高して帰って来た同僚がいた。
「三菱の広報の人が言うんですよ。三菱は過ちを犯しました。それについて深く反省をし、すでにみそぎは済みました。これからは攻めです」
