【兵庫発 輝く】伝統文化存続へ、菰樽の新たなニーズ創出 岸本吉二商店
更新■阪神大震災の2週間後に製造再開 岸本敏裕社長
--全国に同業が3社しかない
「1980年代まではまだ多くの同業者が残っていた。致命的だったのは95年1月の阪神大震災。菰樽需要の右肩下がりが続くなか、専用の機械や印刷機が壊れてしまい、撤退する同業者が相次いだ」
--震災での被害状況は
「社屋が倒れかけたが、震災は繁忙期の10~12月を過ぎた後に起きたので、倉庫が空になっていて商品の被害はなかった。95年は4月に統一地方選があり、立候補者の事務所開きや当選用の菰樽を準備する必要があり、震災で落ち込んでいる場合ではなかった。地震発生から2週間後には菰樽づくりを再開させた」
--菰樽に新たな需要が生まれている。その背景は
「卓上サイズの菰樽『ミニ鏡開きセット』がきっかけとなった。当初は居酒屋での需要を見込んだ商品だったが、企業内の打ち上げや結婚式など、こちらが想像していない場面で鏡開きをしたいという人が多く、現在も年間で約8000個売れるヒット商品になった。企業から直接『鏡開き用の菰樽がほしい』との問い合わせも増えている。菰に印刷するデザインも、インクジェット印刷機を使えば企業やブランドの複雑なロゴマークも簡単に出力できる。各酒蔵の銘柄以外のデザインも増えており、菰樽が活躍する場が広がっている」
--今後の課題は
「菰の原料となるわらを作ってくれる農家の後継者不足が深刻だ。現在は樹脂製が増えているが、『本物の稲のわらを使った菰樽がほしい』という酒蔵も多く、原料の確保が課題となっている。そのうち菰も自社で製造する必要が出てくるかもしれない。現在3社しか残っていない業界だが、菰樽や鏡開き文化を次世代に伝えていくためにも課題を克服していきたい」
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【プロフィル】岸本敏裕
きしもと・としひろ 甲南大卒。大手酒造会社で修業後、1988年に岸本吉二商店入社。97年に4代目社長に就任した。57歳。兵庫県出身。


