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【大廃業時代に挑む】(下)家業を継ぐことは「カッコ悪くない」

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 ■「アトツギベンチャー」を育てる

 東京で、大田区と並ぶ町工場の集積地、墨田区。江戸末期の下級武士の内職による編み物が、明治時代に縫製工場に発展した。そんな墨田区にある小倉メリヤス製造所は、今年で創業90年。子供服やベビー服の相手先ブランドによる委託生産(OEM)を手掛ける。小倉大典氏(41)は2015年、3代目社長に就いた。生産拠点の海外シフトや少子高齢化、ファッションのカジュアル化と経営環境は厳しさを増す。

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 大学卒業後、専門学校教員の道に進んだが、「祖父がゼロから立ち上げ、父が続けてくれたこの会社を私が終わらせるわけにはいかない」と考え直し、03年に入社する。

 当時、社長だった父は「自分で何かしてから帰ってこい」と、大典氏を3年間、中国の上海に送り込んだ。当時、上海の外注先工場は品質にムラがあった。大典氏が現地に自社工場を立ち上げた翌年の06年に、父は本社に呼び戻した。

 大典氏は社長就任後、栃木県佐野市に生産拠点を集約し、14年に本社の空きスペースに、ものづくり支援施設「ヌーイー」をオープン。ミシンやデジタル工作機械、布地など豊富な材料をそろえ、1時間単位で有償で自由に使える。デザイナーらも集まるオープンイノベーションの場で、新たな販路開拓にも挑戦している。

時代に合わせて

 小倉メリヤスのように先代の事業を継ぐだけではなく、時代にあった新たな事業を興すのが「アトツギベンチャー」。

 ミツフジ(京都府精華町)もその成功例の一つ。ナイロンに銀メッキを施した繊維を編み込み、心拍数などを測るシャツ型ウエアラブル端末を世界へ展開する。

 同社は1956年の創業。西陣織の帯を製造する「三ツ冨士繊維工業」が起源だ。

 繊維業の衰退が進む中、打開策を見いだそうと2代目社長の三寺康広氏が目をつけたのが機能性繊維だった。92年に米ベンチャーと銀メッキ繊維の独占契約を結ぶが、自前の最終製品を作れず、さらに主力取引先の倒産のあおりを受け、倒産寸前にまで追い詰められた。

 家業を救おうと、2014年にIT企業から転じた3代目の三寺歩氏(41)は、経営資源を銀メッキ繊維に集約させ、その将来性に賭けた。顧客目線の自社開発力を徹底して磨いていった。

 着衣型のIoT(モノのインターネット)端末を通じて心拍データなどを送信して分析できる機能が受け、アスリートや一般企業の従業員向けの健康管理へと用途が拡大。18年9月には福島県に新工場も完成した。

 一見するとTシャツだが、銀メッキを繊維に織り込むには高度な技術が必要で、三寺社長が「世界最強の糸」と自負する製品には西陣織で培った家業の伝統技術が生きている。

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