ポストGDPの経済指標 デジタル化で生活満足度向上
野村総合研究所会長兼社長・此本臣吾
去る10月2日、東京国際フォーラムにおいて「NRI未来創発フォーラム2019」を開催し、非常に多くの方々にご来場いただいた。今年のフォーラムは、3年間継続した「デジタルが拓く近未来」というテーマの締めくくりであり、筆者は基調講演に登壇してデジタル化時代に対応した新たな経済指標の提言を行った。
筆者をはじめとする野村総合研究所(NRI)の研究チームは、一昨年のフォーラムで「デジタル資本主義」という新たな経済パラダイムを提起した。きっかけは、国民の生活満足度と国内総生産(GDP)との相関が弱くなっている事実を見いだしたことである。これまでは、一般的に経済規模の拡大こそが国民の満足度の向上につながると考えられてきた。GDPの重要性は疑うべくもないが、他方で1人当たり1万ドル(約109万円)を超えると国民の生活満足度とGDPとの相関度が徐々に低下し、むしろ健康、家族や友人との関係、個人の自由など非経済的な要素が重視されるようになる。そして、デジタル化がこのような非経済的な要素と密接に関係するようになってきている。
実際、NRIが実施した調査からは、生活満足度が高い人ほどインターネットなどのデジタル化の恩恵をより多く受けている傾向が認められる。また、欧州では「DESI(デジタル経済社会指標)」という指標で経済・社会のデジタル化の進展度合いが計測されているが、そこでも1人当たりGDPよりもDESIの方が、その国民の生活満足度と相関度が高いという結果が出ている。欧州連合(EU)内で屈指の生活満足度を誇るデンマークはDESIの値が高く、国連の世界電子政府ランキングでもトップであり、国民一人一人に合わせた健康や教育などのワンストップの行政サービスを受けられるようになっている。国民のニーズに合致した行政によるきめ細かなデジタルサービスが、生活満足度に密接に関係していることがうかがえる。
日本版DESIを開発
NRIでは、日本版DESIとして「DCI(デジタル・ケイパビリティ・インデックス)」という新たな経済指標を開発した。この指標は「ネット利用」「デジタル公共サービス」「コネクティビティ」「人的資本」から構成され、人々がデジタル技術を活用して生活満足度を高め得る潜在力を表している。都道府県別にDCIを試算してみると、確かに県民の生活満足度は1人当たり県民所得よりもDCIと高い相関を示していた。わが国でもさまざまな地域ニーズに即したデジタルサービスが立ち上がっていけば、地域住民の生活満足度の向上につながるだろう。たとえば山形県鶴岡市では、市内に立地する慶應義塾大学先端生命科学研究所や理化学研究所、国立がん研究センターと連携して市民の健診データ等を分析して生活習慣病の予防治療に役立てている。このような動きの広がりに大いに期待したい。
見えてくる課題
筆者らの推計によれば、日本の生活者が享受するデジタル化の効能(消費者余剰)でGDPに表れないものは2016年で161兆円に上っている。13年から16年までの日本のGDP成長率は0.7%であるが、これに消費者余剰を加えた総余剰ベースでみる成長率は3.8%となる。消費者余剰を生み出すデジタルデータの資産価値を試算したところ16年で214兆円となった。より多くの消費者余剰を生み出すには、この資産価値を高める必要があるが、14年以降でみると実はデータの絶対量が増えている割に資産価値が増えていない。
つまり、今のビジネスモデルはデータから十分な価値を生み出せていないのである。日本企業によるデジタルトランスフォーメーションへの投資は活発になっているが、経営トップのリーダーシップの下で顧客体験価値の観点からビジネスモデルをさらに高度化することが求められる。
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【プロフィル】此本臣吾
このもと・しんご 東大大学院修士修了。1985年野村総合研究所入社。専門分野はグローバル製造業の競争戦略。台北支店長、コンサルティング事業本部長などを経て2016年社長、19年6月から現職。59歳。東京都出身。