論風

世界大学ランキングに思う 博士論文の質に天地の差

 マサチューセッツ工科大学客員教授・庄子幹雄

 今は某国大学の名誉教授である教え子のE博士から「久しぶりにお会いしたい」との連絡があった。40年ほど前に、30歳を超えて母国での勉学に飽き足らず、米国、日本の大学で建設工学を学び、最終的には日本で博士号取得を目指した学究肌で、その熱意にほだされ、博士論文作成のため6カ月間の拙宅での寄宿を引き受けた間柄だ。

 プランニング・デザインを含め物理現象を解明する、あるいは計数工学的裏付けのない建設工学論文は無意味だと口酸っぱく繰り返す多少意地悪な論文指導教官であった筆者にも、幸いなことに今でも交友を続ける何人かの学界、産業界にまたがる友人がいる。

 論文モドキに唖然

 「先生の長寿を願う、そして元気を保証する国の土産を持参したのでぜひとも受け取ってほしい」とのうれしい言葉に浮き立つ気分でE博士の逗留するホテルへ向かう。久闊(きゅうかつ)を叙して座すと、何やら土産物の横に、ぶ厚い書類。表紙に刻まれた英文タイトルから博士論文であることは分かる。

 まずは一読、参考文献、引用例の多いことに驚くとともに独創性が見当たらない。確かに今はパソコンどころか携帯からでも検索範囲は無限である。結果として新鮮味に乏しくとも他者の論文を継ぎ合わせると“論文モドキ”が完成する。E博士はそれを見抜き、憂えているのである。

 筆者自身、現在でも年に3~4件、この分野の論文査読を念の為ということで依頼されることから一読しただけでE博士の判断が正しいことが理解できる。“起承転結”合わせはまずまずとしても問題は中身である。筆者としてもこれでは指導のしようがない。

 1980年から国内で、90年からはマサチューセッツ工科大学(MIT)の博士課程、ユタ大(建築コース)で実業のかたわら時間の許す範囲で教職を務め、例えば関連する数値解析の展開法につき明け方まで学生と議論してきた自分だけに、ここに手にした論文の内容の軽さには博士論文には価しないと判断できる。

 ところが、である。論文提出者は既に博士号を取得しているとのこと、E博士は自分の考えを後輩教授に伝えたもののかなわず、こんな状態が祖国で常態化するのを見て見ぬふりはできない、このままでは日本や欧米各国から相手にされなくなる、何とかしなければと有志を募り、広く危機感を訴えていくつもりであるとのこと。

 厳しい日本の大学

 翻ってわが国のマスコミは米中をはじめ世界各国の博士号取得者が増加するのに日本は低迷状態であると嘆く。これは一面、深刻な報道である。しかし筆者は「なんと上っ面しか見ていないメディアよ」と言いたい。今はIT利用が急速に進んだ社会。前述のように他人の論文内容を容易に引っ張り出し、継ぎ合わせれば体裁はまさしく論文となる。

 E博士は東大では即座に却下されるだろうと言う。ましてや博士号取得最難関の京大なら受付段階で拒否されるだろうと言う。同じことが最近マスコミで報じられた世界の大学のランキングにも見られることに気が付く。

 ランク付けには米国でたった一人で毎年これを行っている大学教授にはじまり、著名な大手の調査専門会社に至るまで多数存在する。学術の評判、研究論文数とその被引用回数、一教授当たりの学生数などは評価の重要ポイントとうなずけるが、留学生数や外国人教員の比率、研究資金調達の停滞、の項目に至っては島国、そして平和国家である日本の東大22位、京大33位もやむを得ない。

 ちなみに毎年1位がMIT、2位がスタンフォード、3位がハーバードと米国勢が占めるのは4位オックスフォード、7位ケンブリッジの英国勢との国力の差と言うべきであろうか。ただわが国研究者の国内外学術誌への投稿がここ10年めっきり少なくなっているのは残念ながら認めざるを得ない。

【プロフィル】庄子幹雄

 しょうじ・みきお 1961年鹿島入社、副社長などを歴任し2005年退任。元日本計算工学会会長。NPO法人「環境立国」理事長。東大、名工大、慶応大、法政大で客員教授、講師を務める。1996年から米ユタ大学名誉教授。2006年から現職。オリックス顧問。京都大学工学博士。83歳。宮城県出身。

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