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皇室と深いかかわり 原宿駅舎、戦災免れ復興へ勇気

 【原宿駅舎物語(中)】

 20日に現役を退いたJR原宿駅舎は、都内で一番古い木造駅舎だった。完成は大正13年だが、原宿駅自体の歴史はさらに遡(さかのぼ)り、今年鎮座100年を迎える明治神宮よりも古い。駅の場所も開業当時は現在地より代々木駅側に約250メートル近い地点だった。

 原宿駅の開業は明治39年10月30日。明治神宮が創建されるより10年以上前で、当時は新宿と渋谷の中間駅にすぎなかった。

 鉄道総合技術研究所の小野田滋担当部長(63)によると「当時、駅の建設地点は新宿駅であれば甲州街道のように地元民が歩くような街道の近くだった。ただぴったり街道沿いに作るのは民家があり難しいことから、当時は少し離れた場所に駅が作られた」という。原宿駅も大山街道(現在の青山通り)を意識して作られた。

 「宮廷ホーム」も

 「皇室と非常につながりが深い」(小野田氏)のも原宿駅の特色だ。大正3年の昭憲皇太后の大葬では、仮停車場につながる引き込み線が原宿駅から伸びた。霊柩(れいきゅう)列車は葬場殿仮停車場から原宿駅を通り、明治天皇の陵墓もある京都・桃山へと向かった。

 5年には、明治天皇と昭憲皇太后を祭神とする明治神宮造営のために原宿駅から引き込み線が引かれ、工事用の資材や献木が明治神宮へ運搬された。

 9年11月の鎮座後、原宿駅も明治神宮の最寄り駅として現在地へと引っ越すことに。私たちがよく知る原宿駅舎の歴史が始まる。

 その駅舎の完成は13年。翌年には皇室専用「宮廷ホーム」も設置された。原宿駅に宮廷ホームがあることについて小野田氏は「東京駅が正面玄関だとすると、原宿駅は裏口玄関みたいな場所。プライベートなときに使用された」という。大正天皇は15年に葉山御用邸へ静養に向かうためこのホームを使ったが、静養先で崩御したため最初で最後の利用となった。

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