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在宅勤務浸透で思わぬ効果 「適疎」の田園都市、日本でも実現

 19世紀のロンドンは、産業革命とともに経済的な発展を遂げていたが、一方で多くの課題を抱えていた。狭い居住空間、汚れた空気、劣悪な労働環境、抜け出せない貧困など、経済成長の「負の側面」が集まる都市であった。下水道の整備も不十分だったため、頻繁に疫病が流行する都市でもあったのだ。

 そんなロンドンを抜け出して、「田園都市」で快適に暮らしませんかと呼び掛けたのが、エベネザー・ハワードである。

 彼は田園都市を「田園と都市の良いところを組み合わせたまち」として構想した。都市のように魅力的な店、適度なにぎわい、やりがいのある仕事があり、田園のように良質なコミュニティー、豊かな自然、きれいな空気と水もある。当時のコレラ流行を意識したのか、排水が良好だという点も強調されている。

 1900年ごろ、彼はロンドンから十分に離れた場所に田園都市を実現させた。こだわったのは都市の中に住宅だけでなく産業も組み込んだこと。資本主義社会において、計画的につくられた都市に自由競争を前提とする工場などを誘致するのは難しい。理解ある事業主たちの協力によって、田園都市はそれを実現させた。

 田園都市は都市開発のモデルになり、先進各国に伝播(でんぱ)していった。ところがそのほとんどが主たる産業を持たない郊外住宅地だった。

 フランス、ドイツ、アメリカ、日本などが実現させたニュータウンは、田園都市ではなく「田園郊外」と呼ばれた。持続的な産業をまちに内在させるのが難しかったため、電車による都心部への通勤を前提としたのである。日本のニュータウンは、寝るためだけの「ベッドタウン」と揶揄(やゆ)された時期もある。

 2020年、新型コロナウイルスが流行している。オフィスに集まっての仕事、混雑したレストランでのランチ、満員電車を使った通勤を避けた結果、多くの人が在宅勤務を余儀なくされた。

 これが意外に快適だった。子供の面倒を見ながらオンライン会議に参加したり、老親の介護をしながら仕事をしたりできる。自宅に仕事のための空間がなかった人たちは、取りあえず廊下やトイレなどを仕事場にしたようだ。しかし、在宅勤務が長引きそうだと分かると、少しずつ充実した仕事空間をつくり始めた。

 緊急事態宣言は解除されたが、電車通勤を避けたいと思っている人は多いだろう。私もその一人だ。それは自然な感覚なのかもしれない。われわれはニュータウンなるものが登場する前まで、何世代にもわたって自宅近辺でコミュニティーとともに暮らし働いてきた。通勤が前提の暮らしは、わずかな期間しか経験したことがないのだ。

 「コロナと生きる」ということは、自宅に小さな職場をつくることでもある。そうやって市民一人一人が職場を自宅に取り戻すことができれば、田園郊外は徐々に田園都市へと姿を変えていくことだろう。

 ハワードの提案から約120年、大都市のような過密でも、地方部の過疎でもない「適疎」の田園都市がようやく日本でも実現することとなるのだ。ハワードが予想もしなかった方法によって。

【プロフィル】山崎亮

 やまざき・りょう コミュニティーデザイナー。1973年生まれ、愛知県出身。大阪府立大卒。設計事務所を経て2005年に「スタジオ・エル」を立ち上げる。著書に「コミュニティデザイン」など。

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