高論卓説

“ニューノーマル”社会で必要なこと コロナ関連情報を客観視して自衛

 新型コロナウイルスの感染拡大は真夏になっても勢いが止まらないが、いつまでも経済を止めてはいられない。これまでの経験と事実を踏まえ、医療と経済、全体を見渡しながら方針が決められ、妥当な線を引きつつ人々は動いている。それがニューノーマル(新常態)といわれる緩やかに節度をもって規制される社会であろう。

 確かに感染者数に比して重症者、死亡者は少ない、若者は重症化しにくい、という状況ではある。検査が受けやすくなり、陽性者を把握しやすくなったことも増加の要因ではある。

 7月の時点で「医療は逼迫(ひっぱく)していない」という政治家の発言に、東京都内の専門家の医師は真っ向から反論した。医療の最前線の現場、都内で多くの患者を受け入れている病院では、数値だけではない患者動向の変化を認識していた。7月初めは若年の軽症者が多く、2週間以内に退院し、ほぼ同じ数の入院患者が入ってくるという状況であったが、8月にかけて少しずつ患者年齢が高くなり中等症、重症が増え、入院が長期化してベッドが埋まる、という流れがみられていた。

 感染者数が増えれば一定の割合で、中等症、重症の患者が増加していくのであり、長期化も懸念される状況に対しては継続した対策が必要である。医療や介護の現場では人と接しざるを得ない状況も多々あるが、医療者の倫理観や献身に頼るのでは限界もある。

 人々の認識や行動はメディアの影響が大きい。高齢者はテレビを見るが、若者はSNS(会員制交流サイト)の影響を強く受ける。ざっくりと数字をみれば、新型コロナ感染の死者1000人、インフルエンザの死者年間3000人である。こういった事実を声高に発信し、

 新型コロナを恐れるな、基本方針が間違っているという人もいる。強いインフルエンサーの発信であったりすると、不安や不満の募った若者が扇動されないかと心配である。表層の数値だけを捉えて医療に踏み込んだ強い発信に対しては、医療者は納得できないものを感じ、こういった意見を自分たちの認識の外に置くことでコンフリクト(対立)を回避する。

 新型コロナがインフルエンザと異なることは明らかである。容易にクラスター(感染者集団)となる強い感染力があり、悪化するときにはしばしば急速である。インフルエンザが流行しても集中治療室がいっぱいになることはなかった。また、新型コロナには決定的な治療薬がなく、さまざまな後遺症が生じる可能性がある。

 医療界も多くを経験し学んだ。大阪では日本初の新型コロナ専門病院からの本が出版され、職員と患者を守る対応マニュアルを示している。患者対応や院内クラスターを経験した多くの病院からの発信は、今後に生かす貴重な資料である。

 一人一人が医療に頼らずに自分を守るという意識も高まった期間であっただろう。あふれる情報は多角的に得つつ客観的に捉え、信頼できる情報を自分で判断する必要がある。そして、最低限の基本的な感染対策とともに、状況を踏まえて臨機応変に対応すべきである。今は屋外でのマスクは熱中症のリスクの方がはるかに高い。

 まだ正解が分からないことが多々あり、今後検証されていくであろう。そして、何事も結果だけでなくプロセスが重要である。感染してそれまでの行動が検証されたときに、その行動過程は許容されるものであるだろうか。一人一人が、自分を守る適切な判断に沿った行動をとることが望まれる。

【プロフィル】永井弥生

 ながい・やよい 医療コンフリクトマネージャー。医学博士/皮膚科専門医。山形大医卒。群馬大学病院勤務時の2014年、同病院の医療事故を指摘し、その後の対応に当たり医療改革を行う。群馬県出身。

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