高論卓説

ミャンマー総選挙、与党圧勝か ポスト・スー・チー氏模索の5年へ

 世界の耳目が米大統領選の結果に注がれているこの時期、アジアでもう一つ、重要な選挙が実施された。ミャンマーの総選挙である。2015年に行われた四半世紀ぶりの民主選挙から5年を経て改めて民意が問われる場だ。「国家顧問」として事実上政権を担ったアウンサン・スー・チー氏が率いる国民民主同盟(NLD)への信任を占う選挙と目された。

 筆者もできれば現地に足を運んで選挙観察をしたかったが、同国でも深刻化する新型コロナウイルス感染拡大による入国制限でかなわなかった。現地の情報によれば、与党NLDは「地滑り的勝利」と形容されて8割の議席を獲得した15年選挙とそれほど変わらない圧勝を収めたという見方が伝えられている。もしそうであるなら、番狂わせ的な事態だ。なぜなら、スー・チー氏政権の5年間は、さまざまな面で当初の期待を裏切り、国民の厳しい見方が示されると信じられていたからだ。

 昨年ミャンマーの現地取材を筆者が行ったときにはNLDは全体の過半数は問題ないが、3分の2の議席のラインは厳しいかもしれない、という感触だった。軍人議席に25%が割り当てられる議会では、選挙で3分の2を取らないと議会で大統領を当選させられない。直前のメディア報道でもNLDの退潮や議席減が盛んに論じられていた。

 その背景にあるスー・チー氏への失望は重層的なものだ。少数民族との内戦終結を目指す国民和平の進展は乏しく、国軍勢力の切り崩しもかなっていない。ロヒンギャ問題では国民の7割を占めるビルマ族の立場から冷淡な姿勢を取り、欧米社会から批判を一身に浴びた。何より、民政の下で経済成長を成し遂げることが求められていたが、国民和平の遅延やロヒンギャ問題の悪化、政府の努力不足もあって海外からの投資が集まらず、ゼロ成長に近い状態で停滞感が広がっている。メディアに対しても、NLD政権は言論封殺的な措置を繰り返してあまり評判が良くない。

 そんな状況下で今回、仮にNLDが前回同様の圧勝を収めたとすれば、考えられる理由は何か。コロナ問題でNLDのライバルである国軍系の政党「USDP」や少数民族政党が選挙運動を十分に展開できなかった点はあるだろう。また、今の日本でも「いちばんマシ」に思えるから自民党に入れる人が多いように、ミャンマーの人々、特に都市住民にとっては、スー・チー神話は根強く、他の選択肢は思いつかなかったのかもしれない。

 改めて5年間の「マンデート」を与えられたスー・チー氏に求められるのは、内戦の停止、ロヒンギャ問題の解決、国軍対策、経済成長などを少しでも前に進めること。もう一つは次世代リーダーの育成だ。

 軍政による弾圧に耐えて世界にミャンマー問題を訴え続け、ノーベル平和賞まで受け取った彼女は、民政移管と前回選挙の勝利で既に民主活動家としての歴史的役割を果たした。そして、過去5年で、政治家としての能力には限界があることもはっきりした。現在75歳となり、5年後に任期満了を迎えるスー・チー氏の後を継げるような有望な次期リーダー候補がNLDに見当たらないのは不安材料である。

 国軍は今回の選挙が不公正なもので認められないとの声明を出した。本来ならもう出ていてもおかしくない正式の結果は12日時点でも公表されていない。なかなか結論が出ないところまで米大統領選と似ている状況だが、NLDが予想以上の勝利を収めたという結果はまず動かないだろう。ポスト・スー・チー氏を模索する5年が始まろうとしている。

【プロフィル】野嶋剛(のじま・つよし) ジャーナリスト。大東文化大学特任教授。朝日新聞で中華圏・アジア報道に長年従事し、シンガポール支局長、台北支局長、中文網編集長などを務め、2016年からフリーに。『ふたつの故宮博物院』『銀輪の巨人 GIANT』『台湾とは何か』『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』『香港とは何か』など著書多数。

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