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東芝が「量子暗号」事業化へ 未来社会の基盤、政府も支援本腰

 超高速で計算できる量子コンピューターといった将来の社会基盤とされる「量子技術」の分野で、日本が世界をリードする期待が高まっている。解読困難な「量子暗号通信」では、東芝が世界で初めてヒトの遺伝情報(ゲノム)の伝送に成功。金融機関などに向けた本格的なサービス展開を2025年度までに実現する構想を描く。ただ、量子技術分野は中国の伸長も著しく、日本政府は国内開発拠点の連携支援や米国との協力強化などに本腰を入れ始めている。

 量子技術は、電子や光など極小の物質の世界で起きる現象を利用した技術。創薬や材料開発に必要な計算を一瞬でこなすコンピューターのほか、衛星利用測位システム(GPS)が使えない水中でも正確な位置が分かるセンサーなどへの活用が期待されている。

 なかでも日本の技術が存在感を見せているのが量子暗号通信の分野だ。

 量子暗号通信では、重要な文書や画像などのデータを暗号化した上で、解読に必要な使い捨ての「鍵」を、素粒子の一つである光子(こうし)(光の粒)に乗せて送受信する。光子は光の最小単位で、これ以上分割できないという性質があり、第三者が送信の途中で盗み見して鍵が壊れると複製が不可能になり、鍵の盗聴に気付くことができる。

 今後、超高速計算が可能な量子コンピューターが実用化されれば従来の暗号は破られる恐れがある。このため量子暗号通信での防御は、社会にとって必須の重要技術になると予想されている。

 伝送実証に成功

 こうした中、東芝は昨年1月、量子暗号通信を使い世界で初めてヒトのゲノムの全データを伝送する実証実験に成功したと発表。同10月には、日本メーカーでは初の実証事業を21年1~3月期から国内外で順次始めると明らかにした。

 今年度からは量子暗号技術の事業を本社内から完全子会社の東芝デジタルソリューションズに移して営業体制を強化。欧米やアジアへの事業展開を進め、金融機関を中心に25年度までに本格的なサービスを始める計画だ。35年度に2兆円規模にまで拡大すると見込まれる市場の約4分の1のシェア獲得を目指す。

 量子暗号通信をめぐっては、東大の小芦雅斗教授らも今年1月、NECとともに安価な汎用(はんよう)品で安全性を実証できる方法を考案したと発表。NECは事業化について「25年ごろに社会実装を見込む」としている。

 ただ、量子暗号技術は、欧米や中国も開発を進めており、気を抜けないのが現状だ。特に中国は、17年に人工衛星を介した遠距離伝送の実証実験を成功させたほか、翌年には北京と上海を光ファイバーと中継基地局で結ぶネットワークを構築。詳細な実態は明らかにされていないが、国家主導で研究開発を進めているとみられる。

 量子暗号通信を含む量子技術全体でみても、海外勢が研究開発への投資を重ねている。内閣府によると、米国は5年間で約1400億円の投資を計画し、グーグルやIBMといったIT企業が量子コンピューターの開発に取り組む。欧州連合(EU)も10年間で約1250億円のプロジェクトを開始。中国は約1200億円をかけ量子関係の研究所を建設中だという。

 20年分の工程表

 日本は量子技術の基礎研究で優位性を発揮してきたものの、実用化の遅さが課題となっている形だ。

 危機感を抱いた政府は昨年1月、「量子技術イノベーション戦略」を策定。量子技術を重要技術と位置付け、今後20年間の工程表に基づき、産学官で取り組むさまざまな施策が盛り込まれた。その一環で、今年2月には、国内の量子技術に関する基礎研究から技術実証、知財管理、人材育成までをカバーする「量子技術イノベーション拠点」の構想が開始。理化学研究所を中心に、国内8カ所の拠点が連携を取りながら研究を加速させる。

 三菱総合研究所先進技術センターの武田康宏研究員は「ソフトウエアやアルゴリズム(計算手法)の分野では国内でもベンチャーを中心に、海外有力企業と技術的に比肩するレベルの企業が出てきている」と指摘する。未開拓分野も多い量子技術はまだまだ日本勢が挽回できる余地があるだけに、産官学を挙げた息の長い取り組みが必要といえる。

 ただ、東芝をめぐっては、英投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズからの買収提案という動きも出ている。安全保障の観点から外国人投資家の出資を制限する改正外為法の審査では、東芝の量子暗号技術が海外に渡ることの是非も重要なポイントとなりそうだ。(桑原雄尚)

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