生活に困り自由な天地を求め…アメリカ、それは「創られた強靱な国家」だった
【久保田勇夫の一筆両断 金融から世界が見える日本が見える】アメリカとは何か(1)
私は1989年6月の人事異動で大蔵省の大臣官房調査企画課長となった。国際金融局為替資金課長を1年間務め、勝手知ったるこの分野で実務にも慣れ金融界との人脈も積み上がり、「さあ、これから為替政策をしっかりやろう」と思っていた矢先である。1983年には、「現代の国際金融」という私にとっての初めての本も出版していた。
調査企画課といえば、大蔵省の経済政策の担当部署であり、ということであれば、わが国の経済政策の要と言える。この時期にその長として、何が仕事のテーマであろうかと考えた。たどりついたのは次の3点であった。第一は、アメリカをもっと知ることであるということであった。私はかねてから、アメリカはわが国にとって格別重要な国であるが、にも関わらず、われわれはアメリカがいかなる国か良く知ってはいないのではないかと考えていた。アメリカの政治、経済、社会など多くの分野を専門とする組織や人物は多く存在するが、それぞれが自分の専門領域やその所属する流派の考え方に固執しており、その結果として、アメリカとは何かについての総合的な理解が不十分ではないかという認識である。
第二は、当時わが国は貿易黒字が定着し、かつ増大していたが、こういう下で、どうやって金利の引き上げや緊縮的予算を組むといった景気を抑制させる政策を、必要な時に国民に納得させるかということであった。かつては、景気が拡大すると貿易赤字が進み、そこで、景気が良くても金融の引き締め、増税などを行って対処すべきだということで国民の納得を得ることができたが、この方法がとれなくなっていた。
第三は、その直前の参議院選挙で政府与党である自民党が大敗し、いわゆる政治のネジレが生じており、その下での国の政策運営はどうあるべきかということであった。
振り返って、第三の政治とのスタンスについては、もともと私の及ぶところではなかった。第二については、当時最頂期にあったバブルの破裂、長期にわたる物価の低迷と低成長などから、今日では既にそれを問う意義を失ってしまっている。ところが、第一についてはそうではない。のみならず、2017年に登場したトランプ大統領の諸政策と同人が再選を目指した大統領選挙をめぐる混乱など、この米国が近年もたらした世界的混乱は、「アメリカとは何か」を改めて世界に対して問いかけているように思う。そこで、私がこれまでに得たとりあえずの結論を紹介したい。
「難民の子孫の国」
アメリカは、世界の中でも特異な国である。日本はおろか、ヨーロッパやアジアのほとんどの国とは多くの点で異なっている。アメリカと対峙するとき、多くの国は暗黙のうちにアメリカも自分の国と同じような国だとの前提で向かい合い、そのことが多くの誤解を生む。同じことがアメリカについても当てはまる。この国も他の国が、自分の国と同様だという仮定の下に諸外国に対処し、そのためにさまざまな摩擦や誤解が生ずる。先のトランプ政権は世界に対して数々の常識外れの政策を採ったし、その再選を目指した大統領選挙でも多くの異常な主張や行動に出た。実はこれらのかなりの部分は、アメリカの成り立ちからみて決して想定外のことではないように思う。
1968年6月、アメリカのロバート・ケネディ司法長官が暗殺された。当時、私は英国のオックスフォード大学に留学中であった。5年近く前の1963年11月には、兄のジョン・F・ケネディ大統領がダラスで撃たれて死亡していた。兄弟続けて現職の高官が暗殺されたのである。ただでさえアメリカとは格別の関係にある英国では大騒ぎになった。BBCテレビはこのニュースを採り上げ、その背景、影響、アメリカ政治における意味を問い、有識者へのインタビューや討論会を放映した。そこでわれわれが驚いたのは、かつて英国の首相を務めたデーヴィッド・ヒュームの発言であった。既にかなりの年齢であった彼はキャスターから、「アメリカのような文明国で、どうしてこういう事件が連続して起こるのでしょうか」と聞かれた。当人はなぜそんな質問をするのだという顔をしてこう答えた。