【江藤詩文の世界鉄道旅】ハルツ狭軌鉄道(2)東西冷戦に翻弄されたSL鉄道…二度とこの鉄道を止めないために
更新フォーン、ファーン…。フラットのかかった高音と低音。2音のもの悲しい汽笛を薄暗い灰色の空に響かせて、蒸気機関車は重たい身体を大きくひと揺すりすると、のっそりと動き始めた。音色がことのほか悲しげに聞こえたのには、理由がある。運転士のフランク・ハウプトフォーガー氏が、この鉄道の歴史を語ってくれたからだ。
この旅の目的は、ベルリンの壁崩壊から25周年を祝う記念式典へ出席することだった。ほんの25年前まで、市民が近づくことも許されない壁が東と西を隔てていたドイツ。ベルリンの壁は「東西冷戦の象徴」と表現されるが、同じ時期にこのレトロでかわいらしい鉄道も、冷戦に翻弄されていたという。
「ハルツ狭軌鉄道」とは、ハルツ横断鉄道とセルケ狭谷鉄道、そして今回乗車したブロッケン鉄道の3路線の総称で、セルケ狭谷鉄道は1887年、ハルツ横断鉄道とブロッケン鉄道は1899年に操業を開始。19世紀末から頼もしい生活の足として、地元の人たちに愛されてきた。けれども東西冷戦の時代、ブロッケン山頂は東ドイツ領に、山の西斜面は西ドイツ領に分断。山頂は東側の軍事拠点となり、市民の立ち入りは禁止され、ブロッケン線も封鎖される。ようやく再開通したのは、1991年のことだ。


