【静岡古城をゆく 井伊家躍進の礎】箕輪城(群馬県高崎市) 徳川関東移封で初の城主に
更新箕輪城は古来、西上野最大の豪族、長野氏の居城であった。永禄期(1558年~)になると、南から北条、北から上杉、西からは武田が押し寄せ、永禄9年9月、武田信玄が周辺の支城を相次いで落とし、本城の長野氏業は自刃して落城した。武田氏滅亡後は北条氏の支配下になり、天正18年、秀吉の小田原攻めに際して再び落城。巨大勢力が拮抗(きっこう)する境目の城であったことから、すさまじい戦いが繰り広げられたとされる。
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現在ある箕輪城跡は直政期のもので、南北1・2キロと西上野最大の規模。主要部は幅15メートル以上の空堀が三重に構築されている。多重化した馬出曲輪と虎口(こぐち)周りの石垣が見どころ。国史跡に指定され、日本100名城の一つ。
(静岡古城研究会会長 水野茂)

