昔は「停年」だった
実は昭和30年代まで「定年」は「停年」と表記されていた。勤務を停止する年齢ということでこちらのほうがわかりやすい。なぜ「定年」に変えられたのかと調べてみると、「停年」と呼ばれていた時代にも、それとは別に「定年」があったのである。
その意味は「昇給昇格の最低標準年限」(『ダイヤモンド實務知識』ダイヤモンド社 昭和22年)のこと。同書に掲載されている某会社の「定年表」によると、例えば「主事」や「技師長」は定年が「2年」で昇給額は「30圓以上」。その年限内に必ず昇給・昇格させるという制度で、やはり学校の進級に似ている。
いつの間にか「停年」はこの「定年」にすり替えられたのである。なぜなのだろうか。もしかすると「定年」とは「定められた年」。「定め」というくらいでどこか宿命のようなニュアンスが込められており、だから受け入れるしかないのかもしれない。
--出世とかは、どうなんでしょうか?
不躾ながら私はたずねた。学年で上がっていくなら、役職についてはどう考えるのだろうか。
「自分より下の者が上の役職に就いた時点で終わり。このレベルで自分は終わるんだ、と思うわけですよ」
--悔しい、とか思わないんですか?
「悔しいっていえば、悔しいですけどね。肩書も息子の結婚式の時に立派なほうがいいとは思いますけどね。でも、どうなんでしょうか。個人の能力なんてそんなに変わらないと思うんですよ」
彼はしみじみとそう語った。能力より学年ということか。
「だって、ひとりで仕事しているんじゃないですから」
--そうですね。
「チームでやっているわけで、誰かが抜ければ誰かが必ず穴埋めをする。この人がいないと会社が回っていかないと思っても、現実にはそんなことありません。いなくなっても回っていくんですよ。よく『伝説のバーテンダー』とかいうじゃないですか。お客さんたちはそのバーテンダーに会うために店に通っているとか。実際にそうなのかもしれませんが、そのバーテンダーが辞めてもお客さんは来るんです。お客さんは結局、人ではなく場所で来ているんですから」