しかし売る気はなくとも、人々は放っておきませんでした。3次元を横にスライスして2次元にし、それを重ねることで再び3次元を作る。そして2次元同士を繋ぐ表面の部分は、人間の想像力で補完する。そんな独特な発想は、展示会の会場でも注目を集めたのでしょう。やがて松岡氏の元に、製作の依頼が次々と舞い込み始めます。
しばらく後、松岡氏はPCで3Dデザインを起こし、レーザーカッターで加工する方法を採用しました。これにはさまざまな素材を加工できる上、金型などを必要としないため小ロットでも製作できるというメリットがありました。もちろん保管や配送のしやすさ、組み立て式段ボールマネキンというインパクトも作用したことでしょう。各界からの注目はさらに高まり、徐々に存在感を増した「d-torso(現在のFLATS)」。松岡氏は、この「d-torso」の製造、販売をする『有限会社アキ工作社』を、生まれ故郷である大分空港近くの安岐町(あきまち)に設立しました。1998年のことでした。
目指したのは都会の時間に縛られない、国東らしい働き方。
独創的なスタイルで世界に名を轟かせる組み立て式マネキンですが、それを手がける会社にもまた、さまざまなオリジナリティが潜んでいます。そのひとつは、やはり廃校となった小学校を拠点としていることです。
2002年頃からは海外取引も盛んになり、2004年にアトリエを新築。5年ほどそこを本社として製造をやっていましたが、だんだんと手狭になって来たときに折よく、この廃校の話が舞い込んできました。廃校を事業所に転換して再利用する、という国東市の方針によるものです。「すでにインターネットも普及していましたから、どこでも同じことはできます。ならば少しでも地元のためになるように」と松岡氏。事実この場に移ったことで地域との接点が増えたといいます。校庭ではお祭りも開催され、地域交流の拠点にもなっています。
2011年の震災も転機でした。「それまで前提としていた社会が一瞬で崩れ去りました。そこで考え方も変えることにしたのです」松岡氏はそう振り返ります。そして松岡氏はひとつの決断をします。「せっかく環境の良い場所にいるのだから、東京のシステムに合わせる必要はない。国東には国東固有の時間があるはず」と、自身の会社を週休3日制にしたのです。「4日はオン。残りの3日は地域に入って、さまざまな体験をしてほしい」松岡氏は社員たちにそう伝えました。この“国東らしい時間の使い方”が功を奏したのでしょう。勤務時間が4/5となりましたが、社の収益は3割増加。「これだけが理由とは特定できませんが」と言いながらも、確かな手応えを感じていたようです。
のどかな里山で、週休3日で運営される会社。そう聞くと、どこかのんびりした地方企業を思い起こします。世界で話題を集めるクールな作品が、ここから生み出されていることに、改めて驚かされました。